意味をあたえる

文章としかいいようがない fktack@yahoo.co.jp

私は自由だった

私は上記の記事を読み、自由を奪っている犯人はインターネットではないか、と直感した。ちょうど読んだ前後で私は都内にミュージカルを見に行くために電車に乗っており、私は埼玉県の奥の方に住んでいるから一番近い都内でもやっぱり一時間はかかってしまうから暇だ。劇団四季があるのは浜松町で、浜松町はなお遠い。駅までは車で行く。家族がいれば送ってもらうこともあるが、そのときはいなかったので、自分で運転した。一緒に行く友達は遅れるというので私はひとりだった。少し道を間違えた。

電車の中で私は最初本を読んでいたが、やがて気持ち悪くなってきたから中断した。私は乗り物酔いがしやすく、電車ではそこまで深刻な酔い方はしないが、乱暴な人の車では寝込むほど酔う。昔車で都内に飲みに行くというのがあって、帰り道はもちろん地獄で、私はメンバーの中で最年少であったから、送ってもらうのも一番後であり、しかも送ってくれる人とはいっても私よりも20歳とか上だから、私は地獄の気分なのに最後は、
「ありがとうございました」
なんて頭を下げねばならず、非常にアホらしかった。だけれども全体的にはつまらなくもなかった。

それで私は頭をあげてぼんやりした。スマホを眺めるという手段もあるが、私は座席に座っていて、ポケットから取り出すのが億劫だから、断念した。私以外の人は皆スマホを眺める人が多い。私の隣に座る若いサラリーマンは、私よりも体格が良く、スーツ姿で貪るように小説を読んでいた。よく見ると短髪に白髪がいくつも混じっていた。彼も数年前は大学生で、そのときはもっと白髪も少なかった。

私はそれ以外の人たちがスマホや携帯に取り組む姿を見て、
「情報を処理している」
と表現した。それはなにも若い人だけではなく、初老の人でも同じだった。見慣れた光景ではあるが、こんなに画面に見入っていては、さぞ疲れるだろうなと思った。

私は大学時代は自由だった。それは熱心に漫画を書いていたからだった。だけれどももしそのときインターネットがあったら、インターネットでそれを公表してたくさんの人に見てもらいたいと思い、自由はかなり制限されたと思う。私は十代のころは「紅の豚」というアニメ映画が好きだったので、そこに出てくる飛行艇や風景を模写して漫画という形にまとめた。よく考えれば漫画でなくても良かったが、それを読んでくれる人は2人しかおらず、その2人は小説などほとんど読まない人だったから、私はやむを得ず漫画を書き出したのである。私は大学時代の最初はできるだけ人と関わりたくはなく、そうしたら死にたくなったので、死なないためには彼らとの繋がりを切ってしまうわけにいかなかった。だから私は漫画を面白く書かなければならなかった。そういう自前の動機が用意できると、だいぶ人生の自由度が増す。インターネットは即座にそういったものを相対化する。

私は大学入学時は知り合い0で卒業しようと目論んだが、やはりそれは無理があり、数人の人とつき合うようになり、そうすると金が必要になるからバイトも始め、またそこの人たちとも仲良くなり自然と世界も広がった。自動車運転免許もとった。それは決して悪いことではないし、また、それを避けて通ることは、おそらく私の場合不可能だったが、やはり私の求めた自由からは遠ざかった。