市役所へ行った。課税証明をとるためである。それは娘の学校に出すために必要なのであった。所得を確認する必要があった。妻に頼まれたのだが私は最初行きたくないから近くの県税事務所へ行ったら住民税の証明書だからダメだと言われた。県税事務所へ行くのはずいぶんひさしぶりだった。一時期よく行った。カウンターに行くといつも細い女が足をひきずりながらやってきて用件をきいた。女は杖をついていた。今は小太りの杖をつかない女だった。若いわけではなかった。住民税なら市役所だと思うといった。私のような質問をする人なんて山ほどいるだろうが「思う」なんて頼りない返事だった。住民税のことを県税に持ち込んだからプライドを傷つけられたのだろうか。そんな高いプライドで仕事がつとまるのだろうか。
市役所は独特のにおいがした。私にとっては少し懐かしかった。入ってすぐにパンを売っていた。障害者がこねたパンなのだろうか。よく見なかった。見ると買うことになりそうだから。買っても良かったが買うまでもなかった。案内の女がふさがっていたから待っていたらどこからともなく私服に腕章をつけた女がやってきて用件を話すと「課税課に行ってくれ」と言われ結局たらい回しかと思ったら「ごめんなさいね」と謝った。昔に比べて愛想が良かった。でもこういう場所では誰もが一言目には「わからない」と言う。課税課のカウンターでも最初若い男がやってきて用件を言ったら「わからないから訊いてきます」とのことだった。私はわかってもそこから「紙を書いてください」とか言われるんだろうなとか考え憂鬱な気分だった。そもそもカウンターなんてすごく時代遅れな気がする。玄関から見て課税課は左側だったがものすごく複雑な机や椅子の並びをしていてどこが市民の通路なのかどこが公僕のエリアなのか一目ではわからず迷惑をかけそうで足がすくんだ。奥に行くほど白髪の年取った人が座っている。短い白髪だ。休みの日は野球とかするのだろう。準備体操や筋トレも余念がなさそうだ。銭湯で筋肉質の老年がいたら今後は公僕だと思おう。立ちすくんでいたらようやく話のわかる人が出てきて女でおどろくほと小さな声で話をする女だった。なんらかの精神疾患を抱えているのかもしれない。私が嫌だなと思ったのは限られたスペースにおそらく彼らの独自のルールと美学に基づいた配置で机と椅子が並べられそれらが多すぎる。人が多すぎるのだ。それらがひしめき合っている。私は多すぎると思った。考えたら私の職場はもっとスカスカだった。営業ばかりの会社だから昼はみんな出てしまうのだ。しかしこんなに至近距離で人ばかりではストレスが溜まってしまうだろう。女に同情したがもしかしたら女の趣味が声楽で単に喉を温存するために日中は小声で話しているだけかもしれない。突飛な発想かもしれないが市役所は趣味の宝庫ときく。