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意味をあたえる

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スティーリー・ダン「Alive in America」聴き所ピンポイント解説

村上ポンタ秀一

を、今朝読んでいて、「あーわかるわー、俺もそういうのあるわー」と思い、そういうのの中身を考えていたら、どういうわけかタイトルのアルバムの曲ばかり浮かんで、偏った。スティーリー・ダン、と聞いても知らない人が大半だろうが、かまわず聴き所を解説したい。別にあじさいさんと読まれない記事対決をしているわけではない。

聴き所1、一曲目「バビロン・シスターズ」のドラムのゴーストノート

ゴーストノートとは、スネアドラムの聞こえるんだが聞こえないんだかくらいの小さい音量で鳴らすテクニックで、どうして聞こえないような音を鳴らすというのかと言えば、教科書には「ノリを出すため」と書かれたりするが、大半はドラマーのテクニック自慢であり自己満足だ。この曲はスタジオ版よりも聞きやすく音数も多い。音符3つのところを4回叩いたりして自己主張がかなり激しい。言い忘れましたが、「Alive in America」はライブアルバムです。それとスティーリー・ダンとは、バンド名でこの時点でメンバーは二名。最初はもっといたのですが次々にやめさせ、演奏はスタジオミュージシャンが行っています。スタジオとライブでは演奏している人が違います。

聴き所2、二曲目から三曲目の入りがかっこいい。

これはライブではよくある曲のつなぎ、てやつですが、二曲目のミディアムテンポの曲で最後にホーンやギターが「ちゃっちゃー♪」と全音符になって伸ばして最後ーとなって、その音が消えないうちにスネアが等間隔で入りそれがかっこいい。スネアは最初一拍三拍に入っているように聞こえるが、他の楽器が重なると二拍四拍に実は入れていることがわかり、そのトリックっぽいところも気持ちいい。二拍四拍とはいわゆる「裏のリズム」と呼ばれるやつで、外人は自然にとれるが、日本人は取れない、と昔習った。例えば救急車の音が日本人が「ピーポー」と聞こえるのに対し、外人は「ポーピー」らしい。これは優劣ではなく特徴の話だが、ロックはもともと外国の音楽なので、優劣の話になってしまう。ドラムのレッスンを受けていると、踏切の音を八拍子の裏に聞きながら手拍子を打つ、というのをやらされる、というかうまくなりたくて自分でやった。

聴き所3、四曲目「輝く季節」のギターソロがハネていない

ハネる、というのはまず四拍三連というリズムがあって、それは一拍ごとに3つ音符がならぶのだか、その真ん中をとった「ツッカツッカ......」と飛び跳ねるようなリズムのことで、こんな説明では誰もわからない。具体的になんとかの何とかですよ、と例を出せればいいが、私は最近のアーティストに明るくないので出せない。スティービーワンダーのホンダステップワゴンのCMの曲がそうですよ、と言いたいところだが、あれは16分音符でハネているので微妙に違う。いちばん近いのは、阿波踊りのリズムを外人ぽくした感じである。それで、その曲の間奏が最初はホーンのソロで、それが途中でギターのソロに替わるのだが、その出だしのリズムが一瞬「あれ?」という感じになる。でもそれは私の耳の問題かもしれない。

聴き所4、6曲目「Book Of Liars」のピアノの間奏が、CHAGE&ASKAの「セイイエス」の前奏に聞こえる。

聴き所5、7曲目「ペグ」を、弓岡は自分の結婚式で使った。

弓岡とは私のこと。使ったのはスタジオ版ではなく、こちらのライブ版である。ライブ版、というのはイメージとしては音が悪かったり余計なかけ声が入っていてファンじゃなければ楽しめないものだが、スティーリー・ダンに限っては、全く遜色ない。観客の声さえなければ、聴き分けることができないくらいだ。昔村上ポンタのコラムでスティーリー・ダンの日本公演の話が出ていて、「この演奏を聴いたエンジニアは、涙を流して悔しがっただろうよ」と言っていた。日本のサウンド・エンジニアは日本の土地柄とか、ホールの構造上音が悪いのは仕方がないみたいな考えだったのだが、同じ条件でスティーリー・ダンがやったらめちゃくちゃ音良かったので悔しい、という意味である。あとボーカルのドナルド・フェイゲンの最初のソロアルバムはサウンドが完璧で、長い間日本のレコーディング現場でサウンドチェックとして使われていたらしいが、私は「サウンドチェック」というのがどういう行為かわからないのでイメージできない。

聴き所6、八曲目「第三世界の男」のクレジットに「アースキン、パーフェクト」と書かれている

「アースキン」とはピーター・アースキンのことで世界的ドラマーで、「パーフェクト」とは、スティーリー・ダンの人たちが彼の演奏に賛辞を送っているのである。ピーター・アースキンは、私のドラムの師がファンであり師と仰いでいて、スティックのバッグの中には、ピーター・アースキンモデルのスティックもちゃんと入っている。レッスンの終わりに談笑をしているときもピーター・アースキンの話は何度も聞かされ、
「彼はドラムのテクニックはもちろん、人間性も優れている。共演した後輩ミュージシャンがとちって彼の足を引っ張っても、きちんと精神的にフォローしてくれる。奥さんも日本人だし」
とほめちぎっていた。その逆がデイブ・ウェックルというドラマーで、デイブはマッチョで一見ナイスガイだが、スタッフが彼の楽器のセッティングを少しでも間違えれば怒号が飛び、「気分がそがれた」と言って楽屋に閉じこもり、長ければ半日以上出てこないのであるが、これらは私と先生の勝手な妄想である。デイブは見た目はいい男、と書いたが、対するピーターはハゲでデブで、例えるならユダヤ人の経理士といった風貌である。それで先生はこの「アースキン・パーフェクト」のことは知らなくて、話をしたら「ぜひCDを貸してくれ」というので、貸してあげた。しかし私自身実はこのCDは持っていなくて、図書館で借りたものをコピーしていたので、手書きの曲目を見られるのが恥ずかしかった。やがて返してもらったときに、どの辺がパーフェクトなのか話を訊いたら、「落ち着いて演奏しているからじゃない?」と答えたので私は拍子抜けした。しかし実は「第三世界の男」は、スローバラードで、バラードの中でもテンポは遅く、それをスタジオ盤と同じ雰囲気で演奏するのは至難の業であった。別にライブ用に盛り上がればいいじゃん、という考えもあるが、ドナルド・フェイゲンはリズムにはかなりうるさく、メトロノームのテンポが0.5遅くても、すぐに「遅い」と気づくらしい。

聴き所7、九曲目「キッドシャールメン」のラストのギターソロで、じわじわと旋律が浮き上がってくるのがかっこいい。

あじさいさんの記事で「曲の終盤でボーカルとコーラスがメロディーを入れ替わるのがかっこいい、とコメントしたが、これも同じ類の演出で、長いギターソロのバックでシンセか何かが小さな音量でメロディを弾いていて、何回か繰り返すうちにホーンなどが少しずつ重なっていき、じわじわと音量を増していき、最後にドラムも重なってキメとなって、エンディングを迎える。スタジオ盤では、キメはなかったので、なおさらかっこいい。

以上です。


※小説「余生」先週分(36話から40話)をまとめました。
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