意味をあたえる

文章としかいいようがない fktack@yahoo.co.jp

昨日の記事は良く書けた

昨日の記事について、あらためて読者の引用スターを読んでみると、良く書けたな、と私は思った。書き終わった瞬間に、比較的良く書けた方だな、と私は思っていたのである。

しかしそう思う私のほうは「書きたくないなー」と思いながら、書いていた。途中まではつけ麺が出来上がるのを待ちながら書き、それからまた他の人たちが買い物をしている間に書いてしまおうと思っていたが、お腹が痛くなったのでトイレへ行き、記事は書けなかった。個室へ入るとどこからか、子供の声が聞こえ、どこからか、と書いたがドアの外からに決まっていて、私はそんな子供たちの声を聞きながら、不意に自分が女子トイレに間違って入ったのではないかと不安になった。なぜなら、トイレの個室というのは男女どちらのトイレにもあるから、個室に入るともう男子が女子か、見分ける手段がない。私は急いでドアの外へ出て、小便器があるかどうかを確認したかったが、今まさに私は用を足しているわけだから、外だなんてとんでもない。個室へ入る前に、小便器の有無をよく確認すべきであった。もし、間違って女子トイレへ入ってしまっていたら、どうすべきか。何食わぬ顔で出ていけば案外周りも気づかないかもしれない。私はこの前の日曜に美容院へ行ったばかりで、しかもサイドを刈り上げてしまったが、思い切り短髪の娘だっているのだから、「そういう髪型が流行りなんですよ」という風を装えば、乗り切れるかもしれない。かえって一刻も早く外へ出ようとダッシュすれば怪しまれてしまうから、堂々と便所のタイルの上を闊歩すべき、である。

これは、とんだ戯れの妄想にすぎないが、私は年中ぼんやりしていることも多いので、過去には間違って女子トイレに入ってしまったこともある。それは依然と勤めた会社のトイレで、朝一番だったから誰も居なかったのでセーフだった。入ってから雰囲気が違うので最初「あれ?」と思い、状況がわかって腰を抜かしそうになった。仮に誰かいた場合、それは顔見知りであるから、腰をネズミ捕りのバネみたいに勢いよく曲げて謝罪すれば、むしろその謝罪の所作が滑稽で、相手は
「いいよいいよ」
と許してくれそうだが、「あいつは変なやつ」と陰口を叩かれるだろう。そう思うと、赤の他人が満載のショッピングモールのトイレを間違えるほうがいくらか気は楽な感じがするが、こちらは一発アウトですぐに警察を呼ばれるから、リスクは高い。間違えるならどちらがいいか、というのが究極の選択っぽい。

それと少し話しは違うが私はよくトイレで迷うことがあって、というは昔の建物はトイレに向かうと右が男子、左が女子(あるいは逆)という単純な構造だったが、今は左に折れて途中が男、その先に多目的トイレがあっていちばん奥が女子、みたいな風になっていたりするところもあり、私はトイレで用を足した瞬間に、自分がどういうルートで便器にたどり着いたかという記憶がリセットされ、あるいはトイレは男女で左右対称、という思い込みが記憶を消すのか、出た瞬間にどちらへ行っていいのかわからなくなって途方に暮れることも多い。

それで昨日は暑いし、所沢まで行って子供のコンクールを見に行き、そこまでは妻の軽自動車に乗っていったのだが、妻の運転が乱暴で私はすっかり参ってしまった。だけれども確かに妻はブレーキを思い切り踏み込んで、がくん、という感じでストップしてそのたびに私は空あくびをして、吐き気を押さえるのだが、軽自動車という乗り物自体が、粗野な作りで値段と引き換えに、乗り心地がかなり犠牲となっている。加速も減速もそうだ。その後自分でも運転したが、減速で気を使わないと、いきなりスピードが落ちるポイントがあって、そういうのに気を遣ったら、右足がすっかり参ってしまった。とても遠乗りしたいとは思えない。

そんな感じで朝から体は重かったし、子供も風邪気味で咳をしてばかりだったので、私は昨日はとても文章を書こうという気分ではなかったが、案外そういうときの方がうまく書けるのである。


※小説「余生」第50話を公開しました。
余生(50) - 余生