意味をあたえる

文章としかいいようがない fktack@yahoo.co.jp

定価

大学で経済をやっていて早い段階で価格と供給量のバッテンのグラフを習い需要と供給の線がまじわるところに最終的に価格は落ち着くみたいな話しだった。しかし当時としてはあまり実感はなく例えば野菜とかしょっちゅう買っていればまだその変動とかに目がいくのかもしれないがあいにく私の家は農家でかつて全国的に米が不作でタイ米を輸入する事態になったときも普通に家です取れた米を食っていて話の種にタイ米を食べた。奇しくもその頃は米の輸入自由化するか否かみたいな話が盛り上がっていて美味しんぼでも「アメリカの米なんて不味くて食えない」というアホな日本の議員に対しアメリカの議員が半ばだまし討ちのような形でカリフォルニア米を食わせ「これは美味いよ」と言わすのである。カリフォルニア米は日本の米と味に大差ないということだったから日本が不作のときはカリフォルニア米を食えばいいと思ったがじっさい食卓に出たのはタイ米でカリフォルニア米なんてついぞ目にすることもなかった。タイ米はみんな不味い不味いと言っていたがこっちは日本米の合間に興味本位で食べるから社会科見学のようなノリで「向こうはこれがスタンダードなんだな」みたいなかんじで食べた。


話を戻すと私が子供のころは定価というものが幅をきかせていてとにかく人気のあるものは値が上がらない代わりにどうしても手に入らなかった。ゲームボーイしかりミニ四駆のエンペラーしかり。それが変わったきっかけは2011年の震災だったと思う。ガソリンがすさまじく値上がりしたがとにかく田舎なので車が走らなきゃ話にならないので朝から並んで昼頃ようやく番が回ってきて入れた。セルフのスタンドは早々に売り切れになって店を閉めあとは高いところがいつもよりもさらに値を上げて売り出していた。しかしそれは仕方がないことだった。それから一年か二年したクリスマスに子供がスマホもどきみたいなのを欲しがってお店に行ってもまったく売ってなくてネットで探したら倍近い金額になって売られていて驚いた。私たち夫婦は少し出遅れてしまったのである。いわゆる転売目的で買い占めて値をつり上げるのである。当時の私は憤ったが今こうして書きつづるとこれが本来の経済の形なんだと納得するぶぶんもあった。