意味をあたえる

文章としかいいようがない fktack@yahoo.co.jp

赤い帽子

最近の私は、夏では帽子を2種類持っていて、それはほとんど同じ形の麦わらの赤と黒だ。赤の方が価格が高かったので、だから私は赤の方をどちらかといえば大事にしていて、かぶる頻度も低い。

しかし外を歩いていて、赤い帽子の人などほとんどいない。一度も見かけたことがないと言ってもいい。私はこの赤い帽子に関しては、帽子の専門店で購入し、かなり高い位置にかけられていたものを店員に車庫のシャッターを閉めるときに使うような長い棒で取ってもらい、さらにもう一種類取ってもらって、鏡の前でだいぶ悩んでから決めた。そのときは妻も一緒だったので、私はかなり大胆になることができたのである。普段の私なら、帽子屋で自分の手の届かない場所の帽子を取ってもらって試着しようなんて気は絶対に起きないし、もし何かの気まぐれでそんなことをしても、今度はかぶったら例えサイズが合わなくてもそこまでの店員の苦労を考えて、値段もほとんど確認せずに買ってしまったであろう。ちなみにそのときの店員はぶかぶかの男ものの野球選手のユニフォームを着て、頭には青いキャップをかぶっていた。あるいは私が赤い帽子を選んだのは、店員が青だから店内の在庫の色が偏らないように、わざと店員の反対の色を選んだのかもしれない。

私は赤い帽子をかぶるまでは、世の中の人は割と赤の被り物をしている印象であったが、いざ自分がかぶってみると、まるでそれが合図みたいに全く他人の赤い帽子は見かけなくなった。これは例えばアフロヘアとかそういうのと同じで、私がある日スチールウールのような頭にしてもらい、美容室の扉を開けて出たら、世の中にアフロヘアの人間は誰1人いなくなってしまうのだろう。ミュージシャンだってみんな七三か、坊主か長髪になってしまうのだ。ところで私は今「美容室の扉」なんて軽々しく書いたが、私の行きつけの美容室の扉は一体どんな形だったのだろうか? とても小さな店なので、自動ドアではないはずだ。