意味をあたえる

文章としかいいようがない fktack@yahoo.co.jp

私のブログにオチはない

昨日のキューカさんのブログを、今日の昼間読んでいたら、キューカさんは自分のブログを
伊佐坂先生的である」
と分析していて、これは、ズイショさんの例の「タロットカード式ブログ分類法」に続く「サザエさん式ブログ分類法」だな、と思った。そうするとキューカさんの中にはサザエさん的ブログ、中島的ブログ、波平的ブログもあってフィードリーで管理しているのかもしれない。私も、内容を決めずに取りかかるので、伊佐坂先生カテゴリに入るのかもしれないが、キューカさんの中では、毒にも薬にもならない早川さんかもしれない。早川さんとは、ブロッコリーのような頭をした女である。不動産屋の娘ではない。

私は、内容を決めずに、というか決めたことから脱線しよう脱線しよう、と思って書いているが、これは以前も書いた気がするので、これ以上は書かない。キューカさんのブログを読んだら「オチ」の定義が曖昧になってきて、私は自分では毎日オチのないことを書いていて、それが当ブログのアイデンティティなんですよとか思っていたが、実のところ、毎日しっかりオチがつけられている気がしてきた。奇しくも昨日、妻と話しているときに、
「話の順序としては、一番笑いの取れる部分を最後に持ってこないと、聞き手の側は、肩すかしを食うような、「で、続きは?」と言いたくなる気持ちになるから、気をつけるように」
とダメ出ししたばかりである。私のほうは同僚の悪口を話していて、
「で、そいつの腕に低周波治療器がくっついててコードが点滴みたいになってんの。入院患者じゃねーっつうの。もうそいつの頭の中はステージ4だね」
と、しっかり笑いを取った。

オチ、については、内容よりもまずはしっかりとした「オチですよ」という表明が大切である。愉快なことを言うよりも、愉快そうに言うことの方が効果が高い。

※キューカさんのブログはこちら