意味をあたえる

文章としかいいようがない fktack@yahoo.co.jp

途中式(30)

事務リーダーの日比野さんは夏になると短パンを履いた メガネをかけていてよく通る声を持っていた 男である 倉庫内で大きな声を出すとよく響いた 鴨下も声が大きくてよく響いた 対して私は大声を出すとすぐに喉が痛くなって相手にもまったく届かなかった 通らない声であった カラオケで歌を歌うとすぐに頭が痛くなってそういう人は腹から声を出せていないらしい 音大出の人がそう教えてくれた 日比野さんは音大出ではなかったが明らかに腹から声を出せていた 短パンと相まって体育教師に見えた オッサンくさいよう革製サンダルも体育教師度を上げていた 実際に公務員試験を毎年受けているようで休憩中にはテキストを開いていた 結局短パンなのかテキストなのかわからないが日比野さんはT所長に嫌われていた 嫌われていたというと一方的だが日比野さんも嫌っていてこの2人はしょっちゅうケンカをしていた ケンカだけでなく日比野さんが朝礼をボイコットすることもあった 朝礼は毎週火曜にあってその日は8時50分に来ていないと遅刻扱いになる 三谷さんと日比野さんはいつもギリギリだった 朝礼は連絡事項と社訓を読み上げるコーナーがあって連絡事項などをする人はほとんどいないが月に一度三谷さんが
「玄関マットの交換日です」
と伝えた ちなみに三谷さんは私以上に声が通らず小声で早口だったので玄関マットの交換もほとんどの人は聞き分けられていなかった しかし毎度同じ内容なのでまったく支障はなかった 私は玄関マットの交換日が第何火曜日なのかついに覚えられなかった


日比野さんが朝礼をボイコットすると最後に話をするT所長はわざと機嫌の良さそうな調子で
「日比野は?」
と事務に訊ねる 事務の市川さんが決まって
「早出の手伝いに行ってます」
と答える 実際に早出の営業がいて納品書だのを作成するから日比野さんの不在にはきちんと根拠があった 常に営業が早出するわけではなかったが早出がいないときは日比野さんは朝礼に顔を出すのでT所長もなかなか突っ込むことができなかった