意味をあたえる

文章としかいいようがない fktack@yahoo.co.jp

15歳

来週から新学期が始まる。女の子は男の子に川原に呼び出された。電話があったのはお昼前だったが、3時まで塾で、それから支度をして、ついたのは3時半だった。Tシャツから、白いポロシャツに着替えた。男の子は別に何時でもいい、と言っていた。もしかしたら、朝からここにいたのかもしれない。
車幅制限の錆びたポールの脇を抜け、土手を降りる。砂利道の端に黒い自転車が止めてあり、すぐに男の子のものとわかった。カゴが独特な形に変形している。背丈くらいのススキの群れの間から小道を見つけて、川原に出る。先週の台風の影響で、水面が高い。この前来たときにはあった、中洲が消えている。でこぼこした石の上を歩いていると、サンダルから足がずれ、脱げてしまいそうになる。スニーカーを履いてくれば良かったと後悔した。
男の子は、鉄橋の下にいた。とても大きな橋で、上は高速道路が走っている。女の子が声をかけると、よお、と言った。低い声だ。親しくない人が聞くと、怒ってるようにも聞こえるが、これが普段通りなのだ。普段から男の子はあまり笑わない。何かに興味を示さない。授業が突然自習になって、クラスが大騒ぎしてもひとりで本を鞄から取りだす。
「別に用はないんだけどさ」
川に石を投げながら男の子が言った。灰色の流れに石が吸い込まれる。赤いTシャツにハーフパンツ、足元はビーチサンダルを履いていた
女の子が適当な石を見つけて、腰を下ろすと、男の子はそばに寄って、くちづけを求めてきた。反射的に目を瞑り、下唇に力を入れる。唇が重なると女の子は仰け反り、後ろ手をついた。尖った石が手のひらに当たって痛みが走ったが、我慢をした。男の子の唇は震えていた。高速道路。川。さまざまな物が流れる音が、耳に入った。そこに、カナカナとアブラゼミの音が重なった。
突然大きな音がした。とっさに目を見開いて、上を見る。どうやらトラックが橋の継ぎ目でバウンドし、積荷が大きな音を立てたらしい。視線の先には鳩がいた。橋の支柱のくぼみを、住みかにしてるらしい。鳩は女の子を見下ろしていた。監視されているような、不気味な気分になった。
来た時よりも、暗くなっていた。雲が分厚くなってきている。川の上流のほうに、黒い雨雲が見え、雷が光っていた。音は聞こえないが、あと1時間か2時間でこっちまでくる。草むらの虫の音が、何かの警告音に聞こえた。
勉強してる?と男の子が聞いた。男の子は雨雲に気づいていない。あんまし、と答えた。今日も塾で数学の小テストを行ったが、半分も当たらなかった。男の子は塾に行っていない。なのに成績は良かった。第一志望は隣の街の、C高で、偏差値が60はないと話にならない。なんとか同じところに入りたくて、夏休み前から、塾に行きだした。模試の結果表では、おすすめは地元のN女子高が表示され、C高の欄には要検討、と印字されていた。親は、お前いくらなんでも無謀すぎるだろ、と笑った。父親は、俺だって大して勉強できなかったんだから、お前だって無理だよ。女なんだから、どこでもいいから高校出て働いて、家に金入れてくれよ、と言った。
男の子は詩を書いていた。初めてノートを見せてくれたとき、照れくさそうにしていた。薄汚れた大学ノートに、青いボールペンで言葉を並べていた。ところどころに、落書きがあった。高校入ったらさ、バイトしてギター買って、それを歌にするんだ、と言った。その話をした日の別れ際、初めてくちづけをした。女の子の方から誘った。訳がわからなくて、無理やりしたら、歯がぶつかった。
水際の小石の上で、紫色の蝶が羽根を休めていた。紫を白と黒のまだら模様だった。夢を見るんだ、と男の子が言った。
「夜中に目を覚ますと、たまに自分が自分でなくなっている。頭の中にカマドウマがいて、すごく下品な声で笑うんだ。僕は夢であってほしいと願う。でも夢でない。脳みその表面に、カマドウマの足が、食い込んでいるのがわかるんだ。その数は少しずつ増えていって、やがて僕はやつらに乗っ取られる」
男の子は淡々と語った。女の子は自分の膝を抱えて話を聞いた。
「いつか君のことがわからなくなりそうで怖い。君にひどいことを言っちゃいそうで怖い。僕は、大人になんか、なりたくない」
男の子は女の子のほうを見た。泣きそうな顔をしていた。赤いTシャツがほころんで見えた。色白の腕が風景に消えてしまいそうに見える。
女の子はポロシャツのボタンを外して、その中に男の子の手を導いた。手が、胸に当たると、服の上から押し付けた。男の子の手は始め居心地悪そうにしていたが、徐々に落ち着き、女の子の胸にやさしく手を添えていた。
いつの間にか、紫色の蝶はいなくなっていた。鳩もいなくなっていた。雨雲だけが、徐々に近づいてきていた。

(BLANKEY JET CITY「15才」へのオマージュ)