意味をあたえる

文章としかいいようがない fktack@yahoo.co.jp

ハイブリッド!

私の家は坂の途中にあり、昔小学校のときの担任が
「坂の途中に家を建てるのはお金持ちだ」
と言っていた。それは、このブログの中に何度か登場している黄色いポロシャツの女教師で、彼女の娘は、私の弟と同い年で、つまり私の母よりも全然若い。私の母は29歳で私を産み、半年ほどで30歳になったから、授業参観などでは、割と年上のほうの母親だったのではないだろうか。しかし当時の母親はオバサンばかりだったので、私がコンプレックスを抱くことはなかった。私の妻が子供の頃は、赤いピアスをつけた母親というのがひとりいて、それを見て、妻は自分が大人になったらピアスを開けてやろう、と思ったそうだ。

しかしながら、私の家が坂の途中、というのは嘘で、本当は少し行ってから道は下り始める。右は雑木林で、左は竹藪だ。去年の秋、雑木林にでかいバッタがいた。竹藪の中にはお墓がある。

坂の勾配は、小学校低学年くらいまでの人が自転車でのぼれないくらいだ。私は、結婚してから何度かこの坂を自転車でのぼったが、足をつかないように本気でのぼると、子供そっちのけになるので危ない。たとえば子供も自転車に乗っていて、そっちのペースにあわせると、まずのぼることはできない。親知らず・子知らずの坂と名付けることにする。坂を下って斜面の脇の道を行くと公園があった。私は昔、前カゴのイスにネモちゃんを座らせ、自転車から離れたら自転車が横転し、そうしたら知らない子供が、
「言わんこっちゃない」
と言ってきてムカついた。ずいぶん馴れ馴れしい子供だった。

馴れ馴れしい子供は、公園に生えている木々の枝に板を乗せ、基地を作ろうと提案してきた。その子供は男だったのか、女だったのか、今となっては思い出せない。子供はみんな同じようなしゃべり方をするから、わからなくなってしまうのだ。もちろん会っているときは、どちらだかわかっている。私は最初はネモちゃんもいたし、ネモちゃんは当時2歳か3歳だったので、ベンチで休んでやり過ごすことにした。馴れ馴れしい子供は志津と一緒に基地をつくり始めた。が、少しすると、私は率先して板切れを運ぶようになった。私は基地の類に目がないのである。

子供の頃に、「はーと組」という、子供向けのドラマがあった。「はーと」の部分は感じであった。「はーと組」の前にも同じような「○○組」というのがあって、それは日曜の朝にやっていた。五人組の小学生が「はーと組」というチームを結成して、秘密基地に集合し、事件に挑むのである。チームには必ず女がひとりいて、女の自転車の乗り方が、他の男と全く違っていて、大人の女の人がやるような、立った姿勢のまま足をクロスさせ、片方だけペダルに乗せながら、もう片方で助走して乗るようなのをやっていて、私は男だが、それを参考にして練習した。少し気取った乗り方である。

とにかく私は秘密基地が大好きで、子供のときは第三基地まで作った。基地は主に盛り土された空き地のような場所に作られ、作られ、と言っても勝手に基地だと宣言するだけだ。盛り土、というのは、たぶんそこはどこかの工務店だかの土地で、どこかの工事で回収した土を一時的にそこに盛ったのだ。そういうのが、私の家の周りに何カ所かあった。道端だったりすると、たまに車も通るので、恥ずかしかった。

そのときに比べて、今回の基地は、木の上のお家みたいで、ずっと基地らしかった。「基地」と呼ぶのは私だけだった。私にしてみても、心の中で「基地ができつつある」なんてつぶやくだけなので、基地という発音はどこからも発生しなかった。志津はどこが台所で、とかそんなことを言っていた。彼女たちからしたら、おままごとの拡張版だったのである。したら、馴れ馴れしい子供は、女だったのか。大人の手も加わり、基地は板切れを二本の木に渡って敷かれ、子供二人余裕で乗れるくらいのスペースができた。私はネモちゃんをそこに乗せたりした。私は乗らなかった。

しかし、もちろんそれで完成というわけではなかった。さらに隣の木、隣の木、と基地はどんどん大きくなる予定だった。しかし、もうお昼だったので、いったん帰ろうということになった。馴れ馴れしい子供は、午後またやろうと言ったが、
「もしかしたら来れないかもしれない」
と言った。
「私はこれたらやればいいんじゃね」
と言って、別れた。家の方向は正反対だった。

お昼にチャーハンを食べ、再び自転車に乗って行くと、やはり馴れ馴れしい子供は姿を見せなかった。私は今度は慎重に自転車を停め、基地の続きに取りかかったが、すぐに飽きて、すべり台などで遊んだ。三時くらいに帰った。それから何日かして公園に行くと、基地は壊され、板切れはその辺に散乱していた。民生委員が、子供が怪我したら危ないと思って壊したのかもしれない。

ところで昨日そこの坂を車で降りると、カローラが信号待ちをしていて、じっとしている様子から、私はカブトムシを連想した。カローラは昔に比べて丸っこくなった。昔は鮭のような形をしていた。しかし、カブトムシと言えばビートルだということを、今日になって思い出した。我が家にはビートルのミニカーがあって、家に帰ると小学生になったネモちゃんがそれで遊んでおり、遊びのルールは、ミニカーを後ろに引いてテーブルの上で走らせ、テーブルから落ちないところで止まらせる。暴走族の度胸試しみたいなやつだ。うまい具合にぎりぎりで止まるとネモちゃんは
「ハイブリッド!」
と絶叫する。たまにギリじゃなくても叫ぶこともある。