意味をあたえる

文章としかいいようがない fktack@yahoo.co.jp

夢のタイムスリップ

昨夜は眠くて10時ころ寝てしまったが少し早めに目が覚めてしまった まだ周囲は真っ暗で感覚的に3から5時ではないかと予測した と見せかけてまだ1時ということもある 早く寝たから早く目覚めたのではなく私は10時くらいに寝てしまうのもざらにある とにかく朝眠いのがストレスなのである いつも6時に起きるからちょうどいいのである


それで早く目が覚めたと思い時計を見たらまだ11時だったのでぎょっとした 床についてから1時間しか経ってないのにほぼ一晩寝たような感覚があった びっくりして目がさえたので下に降りたら小学生の娘がまだ起きていて自分のサンダルを磨いていた 洗ってくれと頼まれたが眠いから断ったサンダルであった それを履いてプール掃除をするのだそうだ 私は明日はどうせ雨だと思ったから雨の中掃除をするわけないと思ってまともに相手にしなかった それを玄関で磨いていた それから案の定目がさえてぼんやりしていたらサンダルを磨き終わった娘が上がってきて一緒に寝たら蚊がうるさくて眠れないと言い電気をつけたり消したりして上手いことつぶしてしまおうとしたが上手くいかなかった そのうち蚊取りが効いてきて蚊は大人しくなった 私はそれでも眠れなくて暇なのでスマホのゲームをダウンロードして少し遊んだ あまり大仰でなく淡々とこなすようなゲームにした 3時くらいにようやく眠くなって寝た 起きたら眠くてぼんやりした


昔逆のパターンもあって10時くらいにベッドに寝ころんでまばたきをしたら次の瞬間3時になっていて驚いた いろんなタイムマシンを乗りこなしている ここまで凝縮された睡眠があるのだと感心した

質問に答えるのは難しい

子供が毎朝の服装を決めるために前日夜に翌日の気温を訊いてくる 私が
「明日は暖かいよ」
と答えると「温度を訊いてるんだ」と怒られる どうして人は求められた情報に対し勝手に付加価値を加えてしまうのか 私も会社で「できるかできないかを訊いてるんだ」と思うことが多々ある 私は大抵誰に対しても「求められたことを教えてくれればいいのにかったるいなあ」と思うのである 若いころは遮ったりしてすると「まあ、待って」と言い返されたりすることが多かった あなたの知りたいことについて理解するためにはこの説明を聞かなければならないんだよという表明だった 実際にそうだったこともあるし全く無駄な話だったこともあるし知りたいことそのものが有耶無耶になったこともあった しかし何にせよ人は言おうと思ったことを言わずには済ませられないということにどこかで気づき、以来なるべく遮らないように努めている 言いたいことをひととおり言わせ後から強固な理屈でもって覆していくのが私のスタイルである 幽遊白書でいえば蔵馬であり蔵馬は相手の技を見切ってから勝つというスタイルでそれを飛影は「蔵馬の悪いクセだ」と評した 相手に技を出させることによって余計なリスクを背負っているということだ 確かに飛影は相手の状況におかまいかしに初っ端からすごい技を繰り出して勝負を決めてしまっている 過去に魂を取られるという失敗もしたがそのときもかなり早い段階でやられていた つまり一長一短である


ちなみに強固な理屈で覆すと書いたが当然覆らなかったり返されたりということもある むしろ私は年々こういうことに弱くなったと自覚する しかし負けるが勝ちという言葉もあるように相手に「勝った」と思わせればその人の成長はそこで止まるから長い目で見れば私の勝ちであり適当なところで相手に花を持たせるのが私の最近のスタイルだ

子供の読み聞かせ

昨夜寝るときに本を読んでいたら子供に取り上げられ読んでもらうということになった 本というのはスマホのことであり最近私はほとんどスマホで読んでいる 読んでいたのはソフトバンクの人の本で途中からは前読んだのとほとんど内容が一緒だったので読み飛ばした 子供が読んでくれたのはちょうど内容が重なり出した箇所でこの手の本は中身は一緒でも入り口は違う風に工夫がされているのである 私は暇つぶしで読んでいるだけだから同じでも構わないがやはり退屈であった 退屈だったからかはわからないが読んでもらっていたら眠くなった 子供は「規模」という漢字が読めなかった また「中間」も「なかま」と読んだ


子供は昨夜は母親と喧嘩をしていてそのため私のそばに来たのである そうして読み聞かせをしてもらって私は寝た 朝起きて仕事に行って帰ると仲直りをしていて母親はため息ばかりをついていた 父親がその理由を訊ねると「やることがたくさんある」と答えた 私は「小さいゴールを設定するといいよ」と昨日の本に書いてあったことを教えたが「は?」と返された 犬を飼っている人が出入り口のドアの下のところに犬用の小さい扉を設けたりするがそういうのをイメージしたのかもしれない

20年

ネットを見ていたら1900年頃のアメリカの道路には馬車しか走っていなかったがそれから20年齢経ったら自動車とってかわっていたという記事が写真とともに出ていた そういえば何年か前に父がトラクターを買い換えそのときに「今度のトラクターは屋根もエアコンもついている」と話していて私はまったくイメージできなかったことを思い出した


それまで私が知っていたトラクターは屋根などなかった しかし今では田んぼの中を走るとみんなコクピットみたいなガラスの箱の中でトラクターを操縦している もしかしてそういうガラスの箱をコクピットというのだろうか 20年か知らないがある日を境に風景はがらっと変わってしまう そして変わったあとはそれまでどんなだったか忘れてしまうのである 私はしかし昔のトラクターのかんじはよくおぼえている 幼いころトラクターに乗るのが好きで祖父母の家に行くとガレージの中でブルーシートをかけられたトラクターに無理に乗ろうとしてブルーシートの内側に潜り込んであのビニールのニオイをよくおぼえている 私は背もたれのない小さな座席が好きだったのである 私は今では乗り物の類はたいてい嫌いだがその頃はマメトラとかそういうのも好きだった


今時期の田んぼは田植えをしたかしないかだがたいていのところにはもう水が入れられておりそれが風景を反射しさながら水の都といった趣となる 夜には途切れ途切れの街灯を反射しディズニーランドのカリブの海賊を乗り終わったあとに見えるレストランの風景に似ていて気分がいい この前アニメの「かぐや姫」を見ていて草や土などの自然が好きになった あの映画は見る度に自分の中の何かが立ち止まった感覚に陥る お爺さんは愚かだが憎めなくて良い

サザエさんち

子供の運動会に行ったら風が強くてとなりのテントがぐわんぐわんと揺れアニメ「サザエさん」のエンディングでシルエットのみになったサザエさん一行が高床式の家に吸い込まれてその勢いで家そのものも大きく揺れる様を連想した 年々運動会にテントを持ち込む家族が増えている私の家のもあるがこれは義母が新聞屋からもらった簡易的なもので今日の強風で早々にぺちゃんこになった 他と同じじゃないと落ち着かない妻は運動会にくるたびに「うちもテント買う?」と聞いてくるがそのたびに「あと○年だから」とかわしている キャンプはおろか野外バーベキューすらしないのに買っても無意味だと思う おそらく私が子供のころよりも日差しは強烈になっているが少しでも日陰になるような場所を選んで敷物を敷くのだ それでも午前中はもっても昼過ぎから日差しから逃れられなくなる膝頭が熱くなってきて見上げると木の枝の先から太陽が出掛かっている 座っている場所をずらして太陽から逃れる 一年でいちばん太陽の角度を気にする日である まるで日時計にでもなったような気分だ


もうあと何年かしたら子供は小学校から出て私はもうこの先一生太陽の存在を意識しなくなるのかもしれない 私は日焼けがしやすく自分から日差しに出る性格ではない また子供の運動会も見ていて楽しいとも思えない 人はイヤイヤやらされる行為の方が人生の経験としては純度が高い 何故なら誰もが惰性で動くからである

昨日はすさまじく眠い

記事を書いているときは眠くて眠くて仕方がなく何度も文字を打ち間違えながら書き綴った 翌日読み返したらすっきりとした内容だった とても眠い人が書いたものには見えない 父と弟について書いていた 弟は自分の中でグルとなる人を強く求めるぶぶんがあって要するに依存体質だ そう言ったらたぶん違うと言われるし私もやや正確性に欠けると思うがなんとなく大ざっぱな物言いがしたくなる 私は反面自分というものにこだわりすぎるきらいがあり、とにかく仕事でも何でも自分で定義しないと気が済まない 定義するとは何かとつきつめると他人を排除することではないか 私は人に教えを乞うという場面はあまりない 自分なりの仮説を抱いて相手との差異を求めることがほとんどだ ほんとうにわからない・手におえないものはあきらめる


父はどちらかと言うとやはりグルをもとめるtypeでありそのグルに私は子供時代から何度も会わされた 墓参りもした 石の好きな人で墓石も独特であった 私は地理にめっぽう弱くひとりでは決してたどり着けない場所というのがたくさんあるがこの独特の墓もその中のひとつである

頑固者にはなりたくない

父がそれなりに頑固で融通のきかない性格だったので「こうはなりたくない」と思いながら10代を過ごした しかし今ふりかえると一体どうなりたくなかったのか当時のことをよく思い出せない 今では違う屋根の下で暮らすようになり父に対する嫌な気持ちもほとんとなくなってしまった 弟が父と喧嘩したときに「自分が親になったとき父のようにならなければ良い」とアドバイスしながら心のどこかでそれは叶わず弟は父と同じになるだろうと思っていた 私からすると弟と父はよく似ていた 向こうも同じように思っているかもしれない