なぎ倒されたフェンスの前に、そのあと入ってきたヤマニシは車を停めるようになり、だから、ヤマニシがここに来るようになるころには、フェンスの修理は終わっていた。それは3日か4日で終わる作業だった。私たちは修理する様子を、お昼ご飯を食べながら眺めていた。えんじ色のニッカズボンを履いた、太った男で、彼は太っているくせにお昼を食べることはなく、その分早く作業を終わらせようという魂胆だったらしいが、実際には用意した新しいフェンスの隙間が、元のよりもずっと小さく、そのために違うのを用意しなければならなかったから、作業は早く終わらなかった。白いフェンスだった。
ところでフェンスの向こうはドブ川が流れているということを、前に書いたが、ドブ川のほとりは雑草が生えていて、これは私たちの会社はもちろん、向かいの材木市場の土地でもないのだから、誰も草むしりをしないから、草は伸び放題だった。離婚した人が、
「外に干して衛生管理もなにもない」
と言ったのはこういう理由もあって、つまり春先には胞子や種が飛んで、商品に付着するのである。しかしそんなことは1年に1度くらいしかなかったから、特に対策を講じるとかはなかった。
ところで何故とつぜん雑草のエピソードを挟んだかと言えば、その伸びた雑草の蔓が、フェンスに何本も絡まっていたのである。夏になると雑草はいよいよ背が高くなり、そうなると、誰かが市役所に電話をして、業者が来て草刈りをして行った。いずれも年老いた職人風の男たちで草刈り機を肩から下げ、だからその間はとてもうるさいが、私たちも室内で色んな機械を動かしているから、あまり気にならなかった。そうしてドブ川のほとりは、焼け野原のような、平らな感じを取り戻して行くのだが、しかし、フェンスに絡まった蔓だけは残った。結局はフェンス自体は会社の持ち物だから、草刈り業者は市から派遣されて来ているから、その蔓は会社の雑草という扱いになってしまう。
だから蔓はいつまでも放置されるわけだが、私たちの営業所の所長は細かい男だから、私たちがいつまでも放置していると、やがてその蔓を取り除く姿を見ることができた。
ヤマニシが会社にやってきたのは11月か12月だったので、フェンスの蔓はとっくに取り除かれていて、しかも修理したばしょでもあったから、だからヤマニシは始めて車を停めたときには、もしかしたら「とても綺麗なフェンスだな」と思ったに違いない。あるいは目にも入らなかったかもしれない。
ヤマニシが来る直前には、営業車が2度、車上荒らしに遭うという事件が起き、当然警察が来て現場検証が行われたが、私はそのことには全く気づかなかった。車上荒らしそのものも、朝礼のときに所長の口から聞かされたのであり、朝礼は毎週火曜日の朝8時55分から行われた。朝礼は営業所内で行われていたから、私たちはそこから隣の作業場にいるから、53分には営業所に向かわなければならない。ちなみに朝礼のない日は57分に仕事を始めることになっているから、火曜日だけは4分早く仕事を始めることになる。
朝礼では毎回交代で司会を行う決まりとなっていて、その日は営業の勝浦さんが司会の番で、勝浦さんは40代後半の痩せ型の男で、交通安全の話をした。もうすぐ師走だから、車の量も多いから、営業は気をつけましょう。私たちは営業ではないから、勝浦さんは
「通勤時も気をつけましょう」
と付け加えた。朝礼の司会は、始める前に軽く話をすることになっているが、大抵の人は交通安全の話か、台風が近づいたり、雪が降れば、そういう話ばかりした。所長の話についても同じで、所長の話は最後の社訓の読み上げの前に行われるが、いつも全営業所の交通事故件数の話をした。ここの営業所は成績がとても悪いから、せめて事故だけは起こさないようにしようというのが、狙いだった。しかし車上荒らしの翌週の朝礼では、車上荒らしの話をした。