意味をあたえる

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十字路(8)

最初に根を上げたのは、二階堂だった。笠奈が「なんか二階堂ちゃん、気持ち悪いみたい」と後ろから報告してきた。葉山は「了解」と短く答えたが、何をする風でもなかった。こんな所でどうすればいいんだ、という感じだったが、しばらく行くとパーキングがあり、そこで葉山は車を止めた。
女2人はすぐにトイレへ駆け込み、私たちは特にすることがなかった。とりあえず車を降り、缶コーヒーを買い、空を見上げる。随分久しぶりに見た気がする。照明が貧弱で、ゴミゴミして汚いパーキングだった。あるいは、一枚壁の向こうをものすごい速さで通過していく車たちの騒音が、そう感じさせるのかもしれない。必要最低限、という感じがした。
葉山が「首都高は、普通の道路の上にそのまま作っちゃいましたからね。無茶苦茶ですよ」と言って、私は相変わらず「ここはどの辺り?」みたいな返事しかできなくて、そう言えばこいつと1対1で話すの初めてだなあとぼんやり考えているうちに、二階堂は戻ってきた。当たり前だが顔色は悪い。隣の笠奈も深刻そうな顔をしている。私が「大丈夫?」と聞くと「大丈夫」と答える。それしか答えの選択肢はない、と言った感じだ。もう帰ろうぜ、と言いたくなるが、さすがにここから引き返すのは不可能だ。テンションはは一気に沈んでしまっているが、全員変な使命感を持っているので、揉めたりはしない。
二階堂が「そろそろ行きましょうか」と号令をかけ、再び車は走りだす。徐々に周りにそびえ立つビルの数が増え、無理に思えば空中を走っているように感じなくもない。様々な車が横を追い越していく。「週末なんで、やっぱり多いですえ、走り屋」葉山は二階堂がダウンしても、特に声のトーンに変化は見られない。後部座席は無言。もしかしたら眠っているのかもしれない。
それでもレインボーブリッジに差し掛かり、観覧車が見えてくると再び笠奈がはしゃぎ出す。「お前寝てたろ?」と突っ込みを入れると「寝てないから」と穏やかに笑う。少しは酔いが醒めたのか。「そう言えばお台場の観覧車って乗ったことある?」「ない」私がお台場に来るのは、小学生以来だ。その時はただの海水浴場だった。
「こんな時間じゃもうやってないけど。今度昼間来て、一緒に乗ろうか」
「うん」そう答えるしかない。何故か葉山は運転に集中していて、二階堂は自粛モードなので、車内は静まり返ってしまう。笠奈は気まぐれでそんなことを言っているのだろう。気にしないことにする。
高速を降り、程なく走った所で目的地についた。営業している店はコンビニくらいしかなかったが、それでも人はそれなりにいて、なんとなく祭りの後という感じがした。桟橋に立ってみたが、潮の香りがしない。光がないと、匂いも抑制されるのか。岸辺にぶつかる波音も、耳を澄まさなければ聞こえない。
「着きましたねえ」と葉山が言って、みんなで「お疲れ様」と声をかけた。確かに随分久しぶりに海を見られたが、お台場は目的地、と言うにはあまりに何もなかった。ただのドライブの折り返し地点という感じだ。人は確かにたくさんいるが、こんな遠くから来たのは私達だけではないのだろうか。
仕方が無いので海沿いをぶらぶら歩き、途中でトイレがあったので、そこで用を足す。いい加減歩き疲れ、じゃあそろそろ帰ろうかムードになった所で、突然笠奈の携帯が鳴り出す。今のテンションを完全に無視した陽気な着メロで、なんだか余計に疲れが増す。まあとにかく、この電話が終わったら、帰ることにしよう。誰も何も言わなければ、私から切り出せばいいだけだ。
笠奈は自然と私たちから離れ、奥の街灯の前で話し込んでいる。そのせいで、各自自由行動みたいな雰囲気になり、二階堂はベンチに座り、葉山はぼんやり海を眺めていた。私はどちらにくっついて行っても良かったが、なんとなく話をするのが億劫で、その辺を探検してみることにした。もし笠奈の電話が終われば、私にかけてくるだろう。まさか置いて行かれるということはあるまい。
海から離れると公園のようになっていて、私は木々の間の道を目的もなく歩いた。やがて道路へ出て、その向こうには、明かりの消えたショッピングセンターのビルが見えた。1階部分の端にはコンビニがあり、そこだけは営業をしていた。私は道路を渡って、そこへ行き葉山にはコーヒー、二階堂には水、そして笠奈には、少し迷ったがパックの牛乳を買った。完全にミスチョイスだが、それで笑いをとろうと言うのである。一応自分用にはお茶を買い、もし笠奈が本気で怒ったらそれをあげればいい。まあ怒らないだろうが。
ぶつぶつ文句を言いながら、牛乳をストローでちゅーちゅーする笠奈を想像して、来た道を引き返す。もしかしたら私のことを探しているかもしれないと、少し足早になったが、3人には全く変化はなかった。海辺の葉山にコーヒーを渡し、二階堂の隣に座って、水を差し出す。二階堂は「ありがとうございます!」と言ってバッグから財布を取り出そうとするが、もちろんそれを止める。一応私が年長者なのだ。「大丈夫?」と再び聞くと「はい!」と声を張って返事をした。回復をアピールしているかのようだ。数メートル先には、笠奈の背中が見える。街灯に手をついて当分終わりそうにない。話すことが無いので、私は二階堂にお台場に来るのは、小学生以来だということを打ち明けた。二階堂は「思ったよりも遠いんですよね。昼間来るともっと楽しいんですけど」と言った。じゃあなんで来たの、と突っ込みたくなるようなコメントだが、若いとはきっとこういう事なんだろう、と乱暴に結論づける。有り余ったエネルギーを鎮めるためには、多少の後悔が必要なのだ。もちろん、そんな事を二階堂に言うわけない。
それにしても、笠奈の電話はまだ終わらない。いい加減、街灯と背中も見飽きてきた。笠奈は白いワンピースに、デニム地のカーディガンを羽織っている。スカートから伸びた足が、たまにポジションを変える。
「ていうか、笠奈のやつ、いつまで喋ってんだろ?」「ですね」「誰と喋ってんだか・・・」
二階堂は、ふふふと笑った。私の言い方が、親父っぽくて笑ったのだろうか。それとも、電話の相手が誰であるとかを知っていて笑ったのだろうか。
「まあなんでもいいけどさ」面倒くさくなった振りをして、私はベンチを立ち、また歩き出す。笠奈に背を向け、二階堂にも葉山にも見えないところまで来ると、袋から牛乳を出し、パックを開けて中身を海へあけてしまった。白い液体が、どんどん黒に吸い込まれていく様を見たかったのだが、水面に付く前に闇に紛れ、思っていたような光景は見られなかった。