意味をあたえる

文章としかいいようがない fktack@yahoo.co.jp

草野球のエピソードは

酷い目に遭わされたときにその場で暴れたり大揉めできるタイプの人が羨ましい。憧れすら抱く

後半の草野球のエピソードは事故のようなものに見える。たぶん本当に人数は足りなくて呼んで来てもらったら来ないと思ったアイツがきて、みたいな具合に人数が膨らみ、「ファールボールを取りにいけ」と怒った人もつまらなそうにしているのを少しでもゲームに参加させようと気を遣って、という可能性もなくはない。別におっさんの肩を持つわけではないが、多分「悪気はないんだよ」と言ってしまうクチである。もちろん悪気がなくても不快な言い方は変わりないけど、キレて帰るほどでもないと思う。誘ってくれた友人に断って帰るか黙って帰ればいいと思う。


そういえば私はここ数年は顔見知り程度の人しかいない集まりに出るという機会がないから随分人生が楽になった。例えばやむを得ず開催する集まりならまだいいが、中途半端に楽しみましょうみたいなイベントはつらい。そういう場には必ずコミュニケーションの得意な人がいて初対面の苦手な私はつい自分を見失って劣等感に苛まれてしまう。無理やり居場所を見つけようとしてよく知らない人の子供の面倒を見るというのはよくあるパターンである。幼い子供は誰彼かまわずワガママを言うからいい暇つぶしになる。あと他人の子供だからしつけとか考えずにじゃんじゃん甘やかせばいいのも気楽でいい。そういうハックはあるにせよやっぱりそういうのには近づかないのが吉である。


昔の勤め先で夏祭りみたいな行事があってビールの無料券も配られ、もちろん強制ではないがまあ行くよねみたいな雰囲気だったが、当時親しい同僚もいなかった私は一瞬迷ったが結局帰って無料券は丸めてゴミ箱に捨てた。迷ったのは「何で行かなかったの?」みたいに聞かれたら面倒だなと思ったからだが結局訊かれなかったし訊かれたとしても行かなくて本当に良かった。ふにゃふにゃのプラスチックに注がれたぬるいビールを手に、愛想笑いを浮かべながら立ち尽くす羽目にならずにすんだ。ただその勤め先というのはそれなりに大きくて夏祭りというのが地元も巻き込んだイベントで、門を出るときに何組かの家族とすれ違った。浴衣を着た子供もいて、わくわくしてそうであり、私はかつての自分を重ねた。大きい祭りも小さい祭りも等しく楽しみであり、小さい祭りの方は近所の公園で地元の野球チームが有志で店を出して焼きそばなどを焼いており、その中に叔父がいて新鮮だった。遊具のでかいタイヤの上でイカの足を加えるのも楽しかった。私が親に連れられ公園に入るのと入れ替わりに、「こんなのはまっぴらだぜ!」と下を向きながら出て行く大人はいたのだろうか。