意味をあたえる

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「大聖堂」を読んでいる

年末のオススメ本のブログを読んでいたら大聖堂というのがあって読んでみることにした。色々なブログやサイトでオススメの本が出ていてどれも熱っぽくその小説の魅力などについて語られているが、私が読んでもその通りになるかはケースバイケースである。よく「眠れなくなる」と書いてあるが、眠れなくなることはまずない。文字を追っていれば私の場合だいたい眠くなる。漫画だと逆に眠くならないから、私は文字から場面や情景をイメージするのにとてもエネルギーを消費しているのである。


ところが「大聖堂」は先週読んでいたら眠れなくなった。私の今の生活スタイルはベッドに入る前に床でくつろぐというものだが冬になってホットカーペットを入れたがそれでも寒いから毛布を足にかけて簡易のコタツをこしらえた。これが気持ちが良くて、この状態で本を読むと起きていられなくなる。しばらくまどろんだ後一瞬目が覚めるのでそこからベッドに移動しまた続きを読んでから寝る。ベッドで読むときは腕枕の体勢だからあまり長い時間読むことができない。だいたいは腕が痛くなる前に眠くなるが、今回はならなかった。


「大聖堂」は中世が舞台で現代との違いを私は楽しんだ。とても面白いが、刺激が強くてそれで私は眠れなくなるのだ。城の襲撃とか火事の場面とかが刺激が強かった。私は読みながら気づいたが、今まで読んだ本の経験を参照しながら、展開について予想しながら読んでいるのである。例えば大きなところでは終わりは明るいのか暗いのか、とか。この小説は誰が正義で悪かわからなくしてるから、その予想も立てている。正義側だと思っていた人間が意外と屑っぽかったりしてその外れる感じが読んでいて落ち着かないのである。