意味をあたえる

文章としかいいようがない fktack@yahoo.co.jp

十字路(8)

最初に根を上げたのは、二階堂だった。笠奈が「なんか二階堂ちゃん、気持ち悪いみたい」と後ろから報告してきた。葉山は「了解」と短く答えたが、何をする風でもなかった。こんな所でどうすればいいんだ、という感じだったが、しばらく行くとパーキングがあり、そこで葉山は車を止めた。
女2人はすぐにトイレへ駆け込み、私たちは特にすることがなかった。とりあえず車を降り、缶コーヒーを買い、空を見上げる。随分久しぶりに見た気がする。照明が貧弱で、ゴミゴミして汚いパーキングだった。あるいは、一枚壁の向こうをものすごい速さで通過していく車たちの騒音が、そう感じさせるのかもしれない。必要最低限、という感じがした。
葉山が「首都高は、普通の道路の上にそのまま作っちゃいましたからね。無茶苦茶ですよ」と言って、私は相変わらず「ここはどの辺り?」みたいな返事しかできなくて、そう言えばこいつと1対1で話すの初めてだなあとぼんやり考えているうちに、二階堂は戻ってきた。当たり前だが顔色は悪い。隣の笠奈も深刻そうな顔をしている。私が「大丈夫?」と聞くと「大丈夫」と答える。それしか答えの選択肢はない、と言った感じだ。もう帰ろうぜ、と言いたくなるが、さすがにここから引き返すのは不可能だ。テンションはは一気に沈んでしまっているが、全員変な使命感を持っているので、揉めたりはしない。
二階堂が「そろそろ行きましょうか」と号令をかけ、再び車は走りだす。徐々に周りにそびえ立つビルの数が増え、無理に思えば空中を走っているように感じなくもない。様々な車が横を追い越していく。「週末なんで、やっぱり多いですえ、走り屋」葉山は二階堂がダウンしても、特に声のトーンに変化は見られない。後部座席は無言。もしかしたら眠っているのかもしれない。
それでもレインボーブリッジに差し掛かり、観覧車が見えてくると再び笠奈がはしゃぎ出す。「お前寝てたろ?」と突っ込みを入れると「寝てないから」と穏やかに笑う。少しは酔いが醒めたのか。「そう言えばお台場の観覧車って乗ったことある?」「ない」私がお台場に来るのは、小学生以来だ。その時はただの海水浴場だった。
「こんな時間じゃもうやってないけど。今度昼間来て、一緒に乗ろうか」
「うん」そう答えるしかない。何故か葉山は運転に集中していて、二階堂は自粛モードなので、車内は静まり返ってしまう。笠奈は気まぐれでそんなことを言っているのだろう。気にしないことにする。
高速を降り、程なく走った所で目的地についた。営業している店はコンビニくらいしかなかったが、それでも人はそれなりにいて、なんとなく祭りの後という感じがした。桟橋に立ってみたが、潮の香りがしない。光がないと、匂いも抑制されるのか。岸辺にぶつかる波音も、耳を澄まさなければ聞こえない。
「着きましたねえ」と葉山が言って、みんなで「お疲れ様」と声をかけた。確かに随分久しぶりに海を見られたが、お台場は目的地、と言うにはあまりに何もなかった。ただのドライブの折り返し地点という感じだ。人は確かにたくさんいるが、こんな遠くから来たのは私達だけではないのだろうか。
仕方が無いので海沿いをぶらぶら歩き、途中でトイレがあったので、そこで用を足す。いい加減歩き疲れ、じゃあそろそろ帰ろうかムードになった所で、突然笠奈の携帯が鳴り出す。今のテンションを完全に無視した陽気な着メロで、なんだか余計に疲れが増す。まあとにかく、この電話が終わったら、帰ることにしよう。誰も何も言わなければ、私から切り出せばいいだけだ。
笠奈は自然と私たちから離れ、奥の街灯の前で話し込んでいる。そのせいで、各自自由行動みたいな雰囲気になり、二階堂はベンチに座り、葉山はぼんやり海を眺めていた。私はどちらにくっついて行っても良かったが、なんとなく話をするのが億劫で、その辺を探検してみることにした。もし笠奈の電話が終われば、私にかけてくるだろう。まさか置いて行かれるということはあるまい。
海から離れると公園のようになっていて、私は木々の間の道を目的もなく歩いた。やがて道路へ出て、その向こうには、明かりの消えたショッピングセンターのビルが見えた。1階部分の端にはコンビニがあり、そこだけは営業をしていた。私は道路を渡って、そこへ行き葉山にはコーヒー、二階堂には水、そして笠奈には、少し迷ったがパックの牛乳を買った。完全にミスチョイスだが、それで笑いをとろうと言うのである。一応自分用にはお茶を買い、もし笠奈が本気で怒ったらそれをあげればいい。まあ怒らないだろうが。
ぶつぶつ文句を言いながら、牛乳をストローでちゅーちゅーする笠奈を想像して、来た道を引き返す。もしかしたら私のことを探しているかもしれないと、少し足早になったが、3人には全く変化はなかった。海辺の葉山にコーヒーを渡し、二階堂の隣に座って、水を差し出す。二階堂は「ありがとうございます!」と言ってバッグから財布を取り出そうとするが、もちろんそれを止める。一応私が年長者なのだ。「大丈夫?」と再び聞くと「はい!」と声を張って返事をした。回復をアピールしているかのようだ。数メートル先には、笠奈の背中が見える。街灯に手をついて当分終わりそうにない。話すことが無いので、私は二階堂にお台場に来るのは、小学生以来だということを打ち明けた。二階堂は「思ったよりも遠いんですよね。昼間来るともっと楽しいんですけど」と言った。じゃあなんで来たの、と突っ込みたくなるようなコメントだが、若いとはきっとこういう事なんだろう、と乱暴に結論づける。有り余ったエネルギーを鎮めるためには、多少の後悔が必要なのだ。もちろん、そんな事を二階堂に言うわけない。
それにしても、笠奈の電話はまだ終わらない。いい加減、街灯と背中も見飽きてきた。笠奈は白いワンピースに、デニム地のカーディガンを羽織っている。スカートから伸びた足が、たまにポジションを変える。
「ていうか、笠奈のやつ、いつまで喋ってんだろ?」「ですね」「誰と喋ってんだか・・・」
二階堂は、ふふふと笑った。私の言い方が、親父っぽくて笑ったのだろうか。それとも、電話の相手が誰であるとかを知っていて笑ったのだろうか。
「まあなんでもいいけどさ」面倒くさくなった振りをして、私はベンチを立ち、また歩き出す。笠奈に背を向け、二階堂にも葉山にも見えないところまで来ると、袋から牛乳を出し、パックを開けて中身を海へあけてしまった。白い液体が、どんどん黒に吸い込まれていく様を見たかったのだが、水面に付く前に闇に紛れ、思っていたような光景は見られなかった。

十字路(7)

葉山の車は、私の車すぐそばにあった。駅前でなおかつ夜中でもタダで停められる駐車場なんて、限られている。シルバーのプリメーラ。聞いてもいないのに「親の車なんすよ」と言ってきた。本人の車だとしたら、私が憤慨するとでも思っているのだろうか。まあいい。それより気になるのは、葉山がどのくらい酔っているのかという問題だ。思い返す限り、私と同じくらい飲んでいた気がする。細かく言えば生ビール中ジョッキで2杯、その他チューハイ2杯くらい。葉山のアルコール耐性については、今日が初見なので、判断のしようがないが、仮に私なら、まあ運転できないことはないが、遠くまで行く気にはならないというレベルだ。お台場?普通に2時間はかかりそうだ。しかも笠奈の思いつきで決行となったが、大丈夫なのだろうか?自然と男が前、女が後ろ、となった席順で、私は隣の運転手に「てか、大丈夫なの?」と率直に聞いてみる。「あ、大丈夫ですよ。そんな飲んでないです」軽い。本人が大丈夫、というのなら、大丈夫なのだろう。これで私は一応の責任を果たした。もしものことがあっても、私には関係はない。なんて思うのは、私も酔っているからだろう。お台場行きは、もはや大きな流れとなっているので、今更止めようもないのだ。
ほとんどひと呼吸で、n号線へ出る。片手ハンドルで運転する葉山はなんだか頼もしい。おそらく車の運転が好きなんだろう。大して会話もしないまま、一気に街外れまでくる。ちょうど私の家のすぐ近くだ。街の外は、私にとっては未知の世界だ。というのも、私は一応車を運転するが、だいたいは市内を回るのがせいぜい、たまに遠出するのも、車でしか行けないようなところに住む、山間部の友人を訪ねるくらいだ。都内に行きたいのなら電車を利用する。それが誰にとっても合理的な判断だろう。その合理性が、私の行動範囲を狭めていた。
今通過しているのは、私の家からわずか数キロの町だが、私にとっては別の惑星にも等しく、目に映る光景が新鮮だった。このW町は田んぼばかり広がる農村地帯で、夜中のためなのか住宅も見えず、荒涼とした感じは想像上の火星の表面を連想させる。さしずめ葉山のプリメーラは小型探索機と言ったところか。n号線は、火星唯一の安全航路だ。ここを外れると、どんな危険が待ち受けているかわからない。山の向こうからインディアンが襲撃してくるかもしれない。いつのまに西部開拓時代へワープしたのか。
もちろんこんな妄想に心ときめかせているのは、私だけだろう。ちゃんと自覚している。本当なら窓ガラスに顔を押し付けて、火星人探索に乗り出したいところだが、我慢して、ちゃんと前を向いている。片道2車線のn号線は、それほど混んでいない。少し先に青信号があって、さらにしばらく向こうの信号は赤だ。道はまっすぐで障害物は何もない。車内は、後部座席の女子たちが自分たちだけで勝手に盛り上がり、必然的に葉山に話しかける必要が生じる。「どのくらいかかるかな?」「1時間ですかねえ」「そんなに早くつくか?」初めてを悟らせないために、私はでたらめを口走る。
「まあ週末にしては空いてますし」そう言って葉山はアクセルを踏み込む。ちょうど速度検知器のゲートをくぐり抜けたところだ。スピードに比例して運転は荒くなる。だからと言って信号無視まではしない。一気にブレーキをかけると、体よりも先に内蔵が前につんのめりそうになる。不快だ。私は身を硬くして、出来るだけ前の風景から目を逸らさないようにして、ブレーキのタイミングを予測するよう心がける。あと、大切なのは楽しい会話。
「二階堂さん」と私は声をかける。斜め後ろの二階堂は「はいはい」と身を乗り出す。「二階堂さんて、どこの大学だっけ?」別にどこの大学だろうが、知ったこっちゃないのだが、それくらいしか話すことが思いつかないのだ。
「えー。さっきo大って教えてあげたじゃん。もう忘れたの?」という声が私の真後ろから聞こえる。そう言われてみると、笠奈から、二階堂ちゃんはo大の福祉情報学科だよとか聞いたような気がする。私が福祉情報って何?と聞くと「知らない」と即答されたのだ。笠奈はとりあえず、手短に答える癖があるようだ。それは今はどうでもいい。私はとりあえず話がしたいだけなのに、どうして出会い頭に鼻っ面を、殴られるようなことをされなければならないのか。笠奈は鬱陶しい。なんて思ったのが伝わったのか、笠奈は突然私の首を締めてくる。笠奈の手は熱くも冷たくもない。ただ柔らかいだけだ。力はこめられていないが、心地よくはない。
「この野郎、二階堂ちゃん口説こうとしてんな」
笠奈は酔っているのか?私は二階堂に、大学名を聞いただけだ。葉山と二階堂は爆笑している。笠奈は酔うと暴力的になるのか?「お前、酔っ払ってんの?」首にかかった手を振りほどこうとすると、笠奈は勢いよく引っ込めた。
「さわんないで」そう言った笠奈は、今度は二階堂に抱きつく。バックミラー越しに笠奈と目が合う。暗がりで笠奈の目は真っ黒だ。
「二階堂ちゃんはあたしが守ってあげるからねー。あのね、二階堂ちゃん、この人ミキちゃんにも手を出そうとしてんだよ。このロリコン!」
そこまで言われたら、私だって黙ってはいられない。「んなわけねーだろ」とムキになって否定すると、葉山も二階堂も笑っている。どうやら、笠奈の話は本気と取られていないようだ。当たり前だが。
「ていうか、ミキちゃんは、俺の授業の方がわかりやすくて楽しいみたい。それに笠奈はヤキモチ焼いてるんだよね」これ以上笠奈をのさばらせても仕方ないので、私は反撃に転じる。
「ばか!そんなわけないじゃん。ミキちゃんは私小学6年の時から見てんだからね。好きな人とかだって知ってんだから」
こんなわかりやすい挑発にも、笠奈は正面から乗ってくる。私は落ち着いて「ふーん。そうなんだ」と含みを持たせて返す。笠奈はますますムキになる。もはや完全にこちらのペースだ。
私がこうして笠奈をからかっていることは、葉山も二階堂も気づいている。葉山は「じゃあ2学期から数学は講師変わってもらえば?笠奈さん、数学は苦手でしょ?」なんて火に油をそそいでくる。反論の言葉の尽きた笠奈はは私の頭を後ろからこづき「二階堂ちゃーん」と泣き声を出す。悪くない雰囲気だ。
どこかの橋を渡った時点で、風景が代わり、ガソリンスタンドやレストランが道路脇に出てくるようになってきた。車の量も先程よりも増えている。おそらくW町を抜けたのだろう。
笠奈はさっきまでの大騒ぎで疲れたのか、静かになっている。代わりに今度は二階堂が話を始める。「葉山さんて生徒さんと恋話したりする?」「俺の生徒、生意気にも彼女いるんだよね」「えー」さっき聞き手に回ってた2人が、今度は話の主導権を握る。葉山は「生意気」と言ったが、葉山の生徒は高校生だった。それならまあ、生意気とも言い切れない気もする。「でもそいつの彼女、大学生なんだよね」訂正。やっぱり生意気だ。
私もなんとかその話に入ろうときっかけを探るが、そもそも自分の生徒とそんな話をした事がない。顔はそんなに悪くもないので、恋人の1人や2人いるのかもしれない。今度休憩時間に聞いてみるか。しかし面倒なのは「先生はどうなんだよ?」と聞き返される事だ。いや、別に面倒ではない。単に「いないよ」と言い返せばいいだけの話だ。自分でも何を言っているのかよくわからない。
と思ったところでいきなり笠奈が「ていうか彼女とかいるの?」と私に聞いてくる。さっきもそうだったが、いきなりこちらの思考のど真ん中に、球を投げてくる。エスパーか?いや、そうではない。この女は葉山と二階堂の会話を聞きながら、ふと気になったことを口に出しただけだ。笠奈との付き合いはまだ短いが、私は笠奈は軽はずみで愚かな女、というキャラ設定をしていた。
私は「いないよー」と陽気に答える。あ、そう、と笠奈はドライな反応。聞いておいてこれか。何か試されていたんだろうか。「彼女は7人いるよ。曜日毎に取り替えるシステムなんだ」という答えでも期待していたのかもしれない。とにかく、場が一気に白ける。なんだか私が悪いみたいだ。何か言わねば。とりあえず「そんじゃ笠奈は?」と聞き返すのが無難だろう。が、無難過ぎるのでつまらない。それに、なんとなく笠奈の彼氏の有無は確かめたくない。
そんな私に助け舟を出してくれたのは葉山だった。いや、ただの偶然だ。私たちの走る右車線の先に、派手なネオンを背負った緊急車両が見え、ここで車線がひとつになると警告していた。当然最初に気づいたのは運転手の葉山で、見つけると同時に「事故かな」とつぶやく。車内の空気が一気に変わり、笠奈も二階堂も身を乗り出してきた。詰まり気味の左車線にやっとのことで割り込み、何人かの警察官の先に、期待通りボンネットがぺちゃんこになった軽自動車が見えた。一台しかいないから、どこかへ突っ込んだのか。運転手等は見えない。おそらく救急車で運ばれて、あとはレッカーが来て車をどかすだけなのだろう。後部座席から悲鳴が聞こえ、葉山も、一瞬「うわっ」と声をもらす。前は見ていなきゃだから、それほど注視できないのだ。もちろん私も砕け散ったフロントガラスと思われる破片が、他の車のライトを反射してきらきらしてるのを見て、痛々しい気持ちになる。が、そこまで集中できない。今、私がメインで考えているのは、この目の前でうろうろしている警官たちが、突然検問でも始めないか、という心配だった。もちろん現実的に、ついでみたく検問を行うわけないし、例え1キロ先で飲酒検問をやっていたとしても、それは目の前の事故とは関係はない。それがわかっていても、警察官、という単語を頭で認識してしまうと、反射的に身構え、悪いイメージが止めどなく広がってしまう。葉山たちはそんな風にならないのだろうか。
だが、車内が緊張していたのも、車線が再び2つに別れるまでで、車の流れが元通りになると、葉山は遠慮なくアクセルを踏み込み、二階堂は、そうそう事故と言えばと、先日ショッピングセンターの駐車場で壁に車を擦ったエピソードを披露する。笠奈が「えーっ」と驚いて、頭のめでたい若者四人組に逆戻りする。
やがて分岐を知らせる青い表示板が、頭上に頻繁に現れた。と思うと、まるで川の下流のように道全体が広がり、n号線は終わりを迎える。巨大な交差点だった。もちろん道路自体は都内まで続くから、n号線が消滅するわけではないが、ここで一度何本かに分岐し、そのほとんどは別の国道に吸収される。一本だけ残った本線も、他の国道と並走したりして、独立性は希薄だ。
葉山が選択した道も一応はn号線だが、しばらく進むとさらに大きな国道と合流した。おそらく首都高へ通じるだろうこの道は、片道4車線に車が溢れかえり、果てしなく並ぶブレーキランプの赤が、まさに大動脈を流れる血液を連想させた。流れも先ほどまでのように、スムーズではない。葉山は車線変更を何度も繰り返し、できるだけ前のポジションをキープしようとする。それでも頻繁に出現する信号に、何度も足止めを食わされ、車内もそれに呼応するように、自然と静かになった。
やがてどこからともなく現れた高架が道路の真上にかかり、延々と夜空を塞いでいく。大蛇の腹を思わせるそれは圧迫感を与え、私は再び胸のむかつきを覚えた。緑色の表示が頻繁に現れ、大蛇の正体は首都高だとわかる。
いくつかの入り口をやり過ごし、ようやくT市に入った所で坂を上がり、料金所のゲートをくぐる。当然のことなのかもしれないが、空いている。葉山の車は、水を得た魚のようにぐんぐんとスピードを上げる。先程までの圧迫感から開放されたのだから、当然爽快であるはずだが、それも最初の数分で、あとはカーブの多さにうんざりしてくる。首都高を走るドライバーは、信号機がないからスピードを出す、というよりも、高速道路だし、有料なんだから払った分早く目的地につかねばならない、というある種の義務感に駆られてアクセルを踏み込んでいる気がする。結構きついカーブでもブレーキはほとんど踏まない。赤いカーブ表示の貼られた壁が目前に迫る度に、私は肝を冷やした。葉山も表情こそ涼しいが、口数は減り、左手はシフトレバーを強く握り締めている。私は少し後悔し始めていた。

十字路(6)

駅前のスーパーの駐車場に車を停め、そこから5分歩いた先にある白木屋で打ち合げは行われた。参加したのは大学生ばかりで、兼山や中年の講師たちの姿は見えない。全部で10人くらいいたが、一続きのテーブルは確保できなかったようで、席は二つに別れた。私は4人掛けのテーブルに笠奈と隣同士で座り、正面には男女1人ずつ座った。男は葉村、女は二階堂という名前だった。(作者注:この二人には名前をつけたが、特に重要な役割は与えられていない)
打ち上げは可もなく不可もなくという感じだった。塾講師らしく、苦手単元あるあるみたいな話が中心だったが、やはり私の受け持ちの生徒の学力は低く、話がうまく噛み合わなかった。ミキちゃんに焦点を当てれば「あの子は図形がちょっと・・・」と話題を振れそうな気がしたが、それは生徒にも笠奈にも失礼な気がした。というわけで私はあまり喋ることができず、極めて退屈な飲み会になりそうだったが、隣の笠奈が割と話しかけてくれたために、そうでもなかった。笠奈は私のために今日来ている人間の名前やその他知ってる限りのパーソナル情報を教えてくれ、さらにここにはいない名物講師の木嶋について話してくれた。木嶋は講師の中で最年長(62歳)で、そのため滑舌も悪いし頭も硬いしで、会話もまともに成り立たない。すぐに若い頃にタクシードライバーをしてた時の話を始める。私はタクシードライバーがどういう経緯で塾講師になったのか、興味があったが、それを知っている者は誰もいないとのことだった。一度捕まると、延々と話が続くので、誰も近づかないのだ。木嶋は現在小学校3年生の男の子を受け持っていて、その子も結構な馬鹿で、笑えるエピソードがたくさんあるらしい。
と言ったところで、隣のテーブルから笑い声が聞こえ、木嶋トークが始まる。今回は木嶋が都合で、授業の日を替えてもらったものの、本人がその事を忘れて通常通り出勤してきたら、生徒の方も日にちが替わったことを忘れ、何の問題もなく授業が行われたというミラクルだった。本人たちは日にち変更のことは、完全に頭から抜け落ち、後からようやく兼山が気づいて、親に謝罪をしたということである。結果オーライだが、システム的にはそうはいかないだろう。私達が同じ事をすれば「勝手に授業のスケジュールを変えるな」とトマトみたいな顔をした兼山に怒られるだろう。ちなみに実際に兼山が怒るところは見たことがない。顔が真っ赤になるというのは私の予想だ。
ともかく、木嶋にはなんのお咎めもなかったらしい。確かに話を聞く限り、注意すればその分手間が増しそうだし、何の被害もなかったのなら、ただの徒労に終わるだろう。だったらとっととクビにすれば良さそうに感じるが、木嶋は兼山の遠縁に当たるらしく頭が上がらないらしい。よくある話だ。
こんな風にただのボケ老人の話を延々と続けても仕方がないが、飲み会の会話なんてそんなものである。とにかく木嶋は私達の緊張を解き、場の盛り上がりに貢献してくれた。残念なのは私が木嶋を見たことがないことであり、というか私がいつも報告書に集中するあまりに見落としてただけなのだが、いまいち会話についていけないことだった。木嶋のことを知らないと言うと、葉村は「まじっすか?」とオーバーリアクションで驚き、箸でつかんでいた鳥の唐揚げをテーブルの上に落とした。二階堂は唐揚げを再度掴むのに苦戦する葉村を無視して「小学生の時間だから、早い時間ですけど、大抵は居残ってますよ。注意してればすぐわかりますから」と実に丁寧に教えてくれた。葉村はひとつ、二階堂はふたつ年下だった。2人とも当然私に対して敬語を使う。
やがて木嶋のネタが出尽くすと、まとまっていた空気が再びばらけ、2、3人ずつ思い思いの事を喋り始めた。笠奈はライムサワーの後に、赤ワインをグラスで頼んで比較的大人しく飲んでいた。それを半分くらい飲んだところで「ちょっとごめんね」と言い、鞄から煙草の箱を取り出して吸い始めた。甘い匂いのする煙草だった。この前のマクドナルドの時は、吸っていなかった。そう思ったのが通じたのか、笠奈は「やっぱ酔っ払っちゃうと吸いたくなっちゃうよね」と照れ臭そうに言った。私達の方で煙草を吸ってる者は他にいない。葉村はすぐに隣のテーブルから灰皿を取り、笠奈の前に置いた。そして「今度はどれくらいやめてたの?」と聞いた。
「3日」それだけ答えて笠奈は目を細めて煙を吐いた。
確か笠奈と昼を一緒に食べたのは一週間前で、その時も禁煙していた可能性が高い。3日という言葉が本当ならこの一週間で一度禁煙に挫折し、3日前から再び挑戦したことになる。そしてまた挫折した。不毛な女だ。
「だいたいさ、煙草の箱を持ち歩いちゃってる時点でやる気ゼロだよな」隣のテーブルから声が聞こえた。
「うるさいなー」笠奈はそちらを睨んで言ったが、その瞬間どっと笑いが起きて、笠奈もつられて笑ってしまった。そのやり取りの感じから、私は笠奈の禁煙は、塾講師達の間では恒例の行事になっていることを悟った。
それからは、とある生徒の両親が離婚したというシリアスな話になり、果たして子どものために親は別れない方がいいのか否かでちょっとした議論になった所で、店員がラストオーダーを取りに来る。とりあえず何か飲む?のやり取りで雰囲気は一気に変わり、お開きの雰囲気になった。私はまだそれ程酔ってはいなかったので、二次会があれば参加してもいいような気がしたが、そういった話題をだす者は誰もいなかった。まあ店を出て群れから離れなければ、このまま解散かどうかはわかるだろう。と、最後の締めとして頼んだぬるい生ビールを飲みながら、ていうか笠奈はどうなのかと様子を伺っていると、笠奈は突然、
「なんかお台場行きたくなってきた」
と言い出した。あ、この女相当酔っているんだな、と思っていたら葉村も「行っちゃう?」と話に乗ってきた。こんな夜中にお台場へ行くなんて、訳がわからなかったが、結局こちらのテーブル4人で深夜のお台場ドライブへ行くことになった。行かない者らに、笠奈が声をかけると「行ってらっしゃい、気をつけてねー」と軽く声をかけていたので、割とよくあることなのだろうか。私は、行くとも行かないとも言わなかったが「海見たいよね?」と笠奈に言われ、自動的にメンバーに加えられてしまう。そのことに関しては悪い気はしなかったが。

十字路(5)

夏期講習はお盆までには全日程が終わり、お盆明けの金曜日に講師たちで打ち上げをやることになった。どうやらそれは恒例の行事らしく、講師用掲示板の真ん中に、堂々と手書きのチラシが貼られていることからも、それが判断できた。タイトルは女の子っぽい文字で「夏期講習打ち上げ!」と書かれている。つまり、夏期講習に出た者なら誰でも参加資格があるということである。しかし当然ながら私は参加を躊躇する。横の繋がりの薄い私にとっては、講習の疲れを癒すはずの場も、周りに過度に気遣って会話の輪に入れることもなく、余計に疲労度を増して終える可能性が高いからだ。大学で飲み会というものは幾度も経験したが、2回に1回はそういった、酒ではなく人に飲まれる展開になった。なので、私は飲み会というものにかなり警戒している。チラシの一番下には「会費3,000円」と書かれているので、当たり前だが有料だ。私は早々と「誰かに誘われたら参加、何も言われなければ不参加」と対応を決めた。極めて無難かつ地味な対応だ。余談だが、そこには更に米印で「兼山塾長の寸志に期待してまーす」と注釈が振られている。ということは兼山は来ないのか?これはプラス材料だ。何に対してのプラスなのかは不明だが。
そうなると流れ的には不参加となるのが、現実的な展開だが、ここは虚構の世界なので私は参加する運びとなる。笠奈に「出るんでしょ?」と言われたからだ。ミキちゃん(作者注:ミキちゃんとは「私」が前回夏期講習で教えることになった中学二年生の女の子のことである。今後の何か重要な役割を果たす予感がしたため、名前をつけることにした)との講習の最終日、笠奈から「今日は少し残ってほしいと言われ、昼過ぎまでミキちゃんが帰った後の席でそのまま待っていると、自分の授業を終えた笠奈にから昼ごはんに誘われ、そのまま駅前のマックへ行った。正直こんなところで無駄金を遣いたくなかったが、というかもっと言えば笠奈との話は退屈で、マクドナルド一食分の価値もないと思っていた。
店に入ってなんとかセットをトレイに載せ席に着くと、案の定この4日間、ミキちゃんにはどんな指導をしたかみたいなことを聞かれた。なるべく話が膨らまないように、注意しながら無難に回答した。ハンバーガーの味もあったもんじゃない。覚えているのは肉の歯ざわりと、ピクルスのアクセントくらいだ。
だがビッグマックを片付け、ポテトに取り掛かり始めると(私はどういうわけか、マクドナルドに関しては複数のものを同時進行で食べられない)笠奈の態度がにこやかになってきた。「昨日ミキちゃんと電話で話したんだけどさ」とアイスコーヒーのストローを口に加えながら身を乗り出してくる。
「ミキちゃん、あなたのことすごく気に入ったみたいよ。教え方もわかりやすかったし、休憩中のおしゃべりも楽しかったって」
私はつい一時間ほど前までやっていた授業のことを思い出した。講習も4日目になると、緊張感も消えてきて、授業もスムーズに進む。授業、と言っても私の場合は宿題がメインで授業では、そこでつまづいた箇所をフォローしていくだけだ。解法のテクニックや、小テストの類はまずやらない。ミキちゃんは私が普段見ている生徒とは違い、出した宿題は必ず全部やってきた。この部分は時間があったらでいいよ、と言った箇所も律儀に解いてくる。それが新鮮だったので、私は少し過剰にほめてしまった。別にやる気を出させるための演技ではなかったが、私の「すごい」や「えらい」がミキちゃんにとって、私の印象を良くしたのかもしれない。おそらく今ごろ軽井沢への家族旅行の準備をしていることだろう。冗談で「お土産買ってきてね」と言ったら「おっけーです」と返ってきた。てっきり困った顔をすると予想していた私は、あわてて「うそうそ冗談。ていうかお土産とか、もらっちゃダメなんだよね(笑)」ともっともらしい嘘をついた。どうして意味のない嘘をついてしまったのか、自分でもわからない。おそらくはずみだ。別に兼山からは、お土産をもらうなというお触れは出ていない。禁止されているのは、生徒との電話番号やメールアドレスの交換だ。だから、さっき笠奈が「昨日電話で・・・」と普通に言い出した時には、一瞬動きが固まってしまった。もちろん、それを咎めようとか兼山に言いつけてしまおうとは思わない。笠奈がルールを破ったからといって私には影響はないし、私はどちらかと言えば兼山の方に悪いイメージを持っている。番号の交換はトラブルに繋がるおそれがあるが、笠奈はそれを理解した上で生徒に番号を聞いたのだ。
その後笠奈とは、とりとめのない話をした。お互いの大学とか住んでいるところなどを言い合った。笠奈は私の2つ歳下で、都内の大学へ通っていた。中学は同じ所を通っていたが、2年の途中で引っ越してきたため、私と同じ校舎内にいた事はなかった。「俺が卒業するのを待ってたの?」と聞くと「うん」とまったく躊躇なく言った。最初から笠奈のほうが歳下だということはわかっていたし、今も2歳下だということを改めて確認したが、笠奈の方は、まるで敬語とか、へりくだる様子はない。別にそれが不快なわけではなくむしろ新鮮だった。遠慮というものがいらない。アイスコーヒーを飲み干すと、笠奈は鞄から携帯電話を取り出し「番号とアドレス、教えてくれない?」と言ってきた。断る理由など無いので、教えた。
私は、笠奈について、単純な女だなと思った。出会った時は、かなり警戒をしていたが、一度打ち解けてしまえばどんどんと懐いてくる。おそらくミキちゃんが、かなり好意的に私のことを報告してくれたのだ。だが、中学2年生の言うことを真に受けすぎではないかと思う。無防備ですらある。無防備、という自分の言葉に、私は反射的に笠奈の胸元に目をやる。笠奈は白いノースリーブの襟付きシャツを着ていて、胸元はちらりとも見えない。当然ながら、性格と外見は無関係なのだが。
「そんで、またミキちゃんの話に戻るけどさ。ミキちゃんあなたのこと好きだと思うよ」
さすがに私は食べていたポテトを喉につまらせ、むせそうになる。
「何言ってんの?4日しか一緒にいなかったのに」
「んー。なんとなく。だってすごく楽しそうに話してたから」
「授業が楽しかった、てだけでしょ?それだけで好きとかないんじゃない?」
「かもね。てか、もし告白されたらどうする?」
「どうするって断るよ。だって9つも下だし」
「そうなの?別に大人が中学生と付き合ったっていいじゃん。私の友達にもいるよ。中学生と付き合って男の人いるよ」
本当は”好きだと思うよ”の時点で、ミキちゃんと付き合うシミュレーションを頭の中で展開していて、まあ慎重に付き合うのなら、ありなのかもなとか思ったりした。だが、笠奈に「犯罪者」と言われそうな気がしたのできっぱり”断る”と宣言してしまったのだ。笠奈の意外な答えになぜか後悔した気持ちになる。
「ていうかさ、自分は大丈夫なの?例えば10歳上の人と付き合ったりするのは?」
「人による」
極めてリアルな答えだ。
そんな風に笠奈と打ち解け、帰り際には「来るんだよね?打ち上げ」と聞かれ、最初に決めた”誰かに声をかけられたら参加する”というルールにのっとり、参加すると答えた。「それじゃあ一緒に行こうよ。もし嫌じゃなかったら迎えに来てくると助かるんだけど」とちゃっかり送り迎えの約束まで取り付けられてしまった。n号線旧道沿いの弁当屋駐車場で、6時45分に待ち合わせることになった。笠奈の家は、弁当屋の奥200メートルくらいのところにあるらしい。

十字路(4)

連絡があったのは面接から三ヶ月ほど経ってからだった。着信の表示を見て、話の内容が予想できたが、実際出てみると「来週から来い」と唐突な上に、態度も横柄だった。声から判断するに、例の眼鏡の小太りのようだ。恐らく私がここで断っても代わりはいくらでもいるのだろうということが、言葉の端からひしひしと伝わってきた。
新しく生徒が入ったため、今回声がかかったとのことだったが、相手は中学三年の男子、つまり受験生だった。季節はすでに梅雨に入っていて、この時期から塾に行き出すのも手遅れな気もしたが、分相応にこの子の志望校は隣町のCランクの高校だった。
早速次の週の火曜日から授業を始めたが、特にやり方等があるわけでもなく、ひたすら問題集を解かせて90分の授業を消費させていった。兼山からは、とりあえず中間試験の成績が上がるようにやれ、と指示されただけだった。ちなみに兼山とは私を面接した小太り眼鏡である。面接の時には気づかなかったが、この男は塾の経営者だった。ベンツを乗り回し、右の小指には金の指輪をはめていた。私の出勤初日には、6時には来たが、普段は8時以降に顔を見せるのが通例だった。鍵開けその他の雑用は陰鬱そうな顔をした女の事務員が行う。私の授業は8時半に終わり、そのあと日報を書いても、最後まで兼山の顔を見ないで帰ることもよくあった。最初の頃こそ、兼山に挨拶をしないで帰るのはなんだか気が引けたが、数回授業をするうちにむしろ顔を合わさないよう、手早く報告書を仕上げるようになった。兼山は私の生徒のことをお荷物のように考えていて、私が授業内容を報告する度に「まああの程度の成績じゃな」と完全に見放したようなことを言った。もちろんそんなことを言えるのは彼の志望校がCランクだからで、このままの成績でも普通に試験に受かるからであった。目標は初めから低く設定されているので、兼山も言うべきことはないのである。私がやることは定期テストの成績を少しでも上げて、見栄えを良くすることであった。大して難しいことでもない。やるべきことがわかれば、あとはそれを少しでも効率よく遂行していくのみである。よって私はなるべく兼山と顔を合わさないよう、手早く報告書を書き上げることに全力を注いだ。アルバイトとして対価が発生するのは、授業の部分だけであり、そのあといくら兼山と話をしても、賃金は発生しないからである。
マンツーマンということなので、教室内は仕切りで細かく区切られ、ひと区画は人間2人が座るスペースしかない。特に席が決まっているわけではなく、その時に空いている所を選んで授業を始めた。12~3ある席はほぼ埋まっていた。講師の男女比はほぼ半々で、ほとんどが大学生と思われた。それ以外も20代に見えたが、中に2人ほどかなり歳の行った中年の講師がいた。どちらも男で、授業もやたらと声が大きかった。生徒にずっと説教しているようにも見える。余程出来の悪い生徒なのかもしれなかったが、おそらく自然と熱が入ってしまうんだろう。彼らはそういう年代なのだ。それにしても中年のフリーターなのか社員なのかは判断ができない。
私の受け持つ生徒はどういうわけか他の生徒よりも開始時間が早く、そのため私がその日の授業を終えても、同じように席を立つものは誰もいなかった。もちろん小学生を担当している講師はもっと早い時間からいたが、彼らはその後に更に中学生を受け持っていた。要するに私が誰よりも早く仕事が終わるのである。このことは前述の通り兼山と顔を合わせずに済むので幸運と言えたが、一方でいつまで経っても横のつながりが持てないという難点があった。もちろんわずか週2回のバイトだったので、誰かと親しくしたいとも思わなかったが、それでも情報交換をして、兼山の悪口を言う仲間が欲しかった。兼山はそこまでムカつく人間ではなかったが、やはりベンツは嫌味ったらしい。さらに脂ぎった顔と、上から見下すような喋り方は、十分に話の種になり得た。たまに、壁際の資料を取りに行く時に他の講師と出くわすこともあったが、さすがにそんな時に兼山のベンツの駐車の下手クソさについて語り合う雰囲気はなかった。一番いいのはやはり、ひと仕事終えた時だろう。しかしそんな事のために、ダラダラと居残っているのは馬鹿らしい。せめて、生徒の方が、出来の悪いくせに、高望みしすぎるようなタイプならもっと違ってくる。私も帰ることにのみ集中して仕事するようなことはなく、もっと真面目に資料を用意したり、試験の結果に目を通したりするだろう。残念ながら、私の生徒は分相応で、今までまともに勉強をしたことがないらしく、適当に問題を解かせていたら、中間テストで一気に成績が伸びてしまった。当然兼山は自分の手柄のように喜び、私の授業計画に対する指示はこれ以上ないくらい簡潔なものになった。もちろん、これは歓迎すべき事態だ。私は2月下旬の入試まで大したトラブルもなく授業をこなしていくのだ。
そんな風に余生を楽しむ孤独な老人のような私に、転機が訪れたのは7月の下旬だった。生徒たちが夏休みに入るのに合わせて夏期講習のカリキュラムが組まれ、講師たちは仕事量が一気に増えた。私も他のバイトを調整せねばと覚悟したが、生徒の方が講習には参加しないと表明し、見事に肩透かしを食った。これでまたもやバイト達の連帯の輪に入りそびれたかと思ったが、別の講師の代わりとして、何人かの生徒を見てほしいとの依頼が来た。授業時間が増えたことにより講師の数が足りなくなったことと、田舎に帰省する講師が何人かいたせいだった。私は手が回らなくなった講師のヘルプ要員として何日か出ることになった。その講師が笠奈だった。笠奈は中学3年と2年の女の子を担当していたが、どうしてもスケジュールがかぶってしまっていた。私は2年生の方を見ることになり、笠奈に初日は1時間早く来て欲しいと頼まれた。その1時間でその子の学力や性格その他について引継ぐというのである。講習は午前10時からだったので、家を出たのは8時半頃だった。まだ暑さも蝉の泣き声も本調子ではなかった。事務の女と1人の講師以外は誰もいない。私達は1番奥の席に陣取り、隣同士に座った。私が生徒のポジションだ。笠奈は短めの髪をかなり明るく染め、真っ白いTシャツには、頭蓋骨の絵が書かれた。背は低く、体つきも華奢なので隣に座っても私の方にはスペースにかなり余裕があった。隅で小さくなっているので、性格もそんな感じなのかと思ったら、声は意外と低く、張りがある。説明も簡潔で、断定的だった。話を聞いていくうちに、笠奈に対して神経質な女だという印象を持った。そもそも私が受け持つのは4日間だけで、全体の半分にも満たないのだ。それなのにつまづき易い問題傾向や、休憩中に話題に困ったときに対処方法を教えてもらってても、それを活かす機会が巡ってくるとは思えない。しかも受験生でもないのだから、それほど切羽詰まってもいないだろう。やることは1学期の復習がせいぜいだ。塾側もそれをわかっているのか、夏期講習用に渡されたテキストも、コピー用紙を数枚閉じただけの驚くほど薄いものだった。兼山は苦手箇所はそれぞれ違うから、塾内の問題集で補うようにと言ったが、手を抜いているのは明らかだった。笠奈は、女の子は成績は良いから、大して手間はかからないと思う、と最後に言った。一時間も引き継ぎして結局それかよ、と突っ込みを入れたくなったが、もちろん口には出さない。並んで座っている間、笠奈はほとんど私の方を見なかった。おかげで私は笠奈の耳ばかりを見ていた。赤いクロスのピアスがついていて、たまに蛍光灯の光を反射する。Tシャツの袖は短く、二の腕がかなり露出していた。私は当たり前のようにTシャツに透けるブラジャーの色をチェックし、胸の大きさを吟味していた。もちろん笠奈は私の野郎的な視線に気づくはずもなく「よろしくお願いします」なんて頭を下げて来た。私も「了解です」とそれっぽい顔をして答えた。私の方が年上なんだから、もっとフランクに接してもいい気がしたが、一応ここでは後輩なのだからある程度の敬意は払うべきだと判断した。それに、笠奈の方から私と親しくしようという気配はまるで感じられなかった。
そんな風に過剰なほど準備万端で始まったヘルプ要員の4日間は、予想通り極めて順調で平凡なものとなった。生徒の女の子は、私の言う通りに問題集をするすると解き、ミスらしいミスもほとんどなかった。多少大げさに褒めると、ぎこちなく笑った。歯並びが悪かったが、ちっとも悪い印象は持たなかった。休憩時間には、吹奏楽部でホルンを担当してくれてることと、夏期講習が終わったら家族と軽井沢に行くことを教えてくれた。肌が白く、ボーダーのシャツを着ていた。正直言ってかなり楽しい4日間だった。

十字路(3)

n号線はさらなる拡張を続けた。私が高校になる頃には、いくつもの畑や森をつぶし、新たなルートを開拓した。道路の分岐点は立体交差が建てられ、片田舎の街が一気に近代化を果たしたような感じられた。以前のバイパス工事と同じ感じだったが、今度は誰も新しい道のことを「バイパス」とは呼ばなかった。普通にn号線と呼び、元あった道については「旧道」と呼んだ。
一方で、その立体交差の影となってしまったファミリーマートは、この工事のせいで駐車場の面積は半分となり、わかりやすいくらい立地条件が悪くなった。旧道は干上がった川のように通る車の数が激減し、客商売にとっては致命的なダメージだった。小学校時代によく行った本屋は学習塾に変わり、飲食店も軒並み店を畳んだ。後から建ったのはマニアックなビデオ屋消費者金融の自動払い機で、赤や黄色の派手な看板は、全く周りの景色に馴染んでいなかった。残ったのは釣具屋と薄汚れたラーメン屋くらいだった。これらの店は以前から活気がなかったから、そのために影響をほとんど受けなかったのかもしれない。
そうなると自然とn号線の脇が沸いてきそうな気がしたが、道路の両脇はいつまでも殺風景なままだった。建ったのはコンビニが一軒で、それもオーナー募集のチラシが建物に貼られ、いつまでも営業が始まらなかった。大型のショッピングモールが建設されるとの噂が流れたが、いつまでも建設される気配がなかった。どうやら、地主の一人が土地を売ろうとしないらしい。後からまたそんな噂が流れ、新しいn号線は、私の町をただ通過するだけのものとなっていった。

ここからは笠奈について書く。

笠奈は同じ塾のバイトで知り合った。その時私は22歳で、大学を卒業したばかりだった。将来に対するイメージを持ったことのない私は、とりあえず家からそれほど離れておらず、かつ大した受験勉強もせずに現役で入れる大学へ進学した。大学生活については省く。そして特に考えを持つこともなく、また特に労もせずに入れる企業を選んで就職するのかと思ったら、実際は一社も面接を受けることもなく卒業を迎えた。働くのが嫌だった、と言えばその通りだが、実際私は大学後半から、アルバイトを3つ掛け持ちをしていたので、厳密には違う。説明会に言った企業がどこも揃って「我が社のためにがんばってくれる人材を求めている」と言っていたからである。私は何社かまわったが、この会社のためにがんばろうだなんて全く思わなかった。その会社が自分に合わないとか、魅力のないものだったのかもしれない。だが、私の中で、働くということは食べていくことであり、それはどう考えても100%自分のために行うと考えていた。そもそも仕事をがんばるという発想が、理解出来ない。賃金は結果に対して支払われるものであり、そのプロセスには一切の価値はない。それなのに、がんばった者を評価するなんて言われたら、混乱する。自分が働いている場所は、会社なのではなく、どこかの宗教団体なのではないかと、不安になる。よって私は、説明会の後に催される登録会や個別説明会に行くことはなく、他の学生の視線を尻目に、わざと大股で歩いて会場を後にした。
私だって子どもではないのだから、これらの企業が嘘を言っていることもわかるし、また探せばきちんと本音を語る企業にだって巡り会えたかもしれない。だが、結局のところわざわざ交通費を払って説明会に赴くのがいい加減嫌になっていた。私は春になる前に、早々と就職することは諦め、代わりにアルバイトの数をひとつ増やした。
卒業と同時に一つのバイトを辞め、代わりに始めたのがこの塾のバイトだった。ファミレスのバイトで知り合った男から、大学生か、大学卒業者なら誰でもできると言われ、紹介してもらうことにした。時給は他の家庭教師や塾のバイトよりも、若干低かったが、これはマンツーマン授業で、基本生徒は一人しか見ないからとのことだった。
決められた日時に面接へ行くと、いきなりテストを受けさせられた。中学生を教えることを希望していたので、過去の高校入試問題をやらされた。教える側がバカでは仕方ないので、試験を行うのは当然と言えたが、予告もなかったので不意をつかれた。お陰で手応えも何も感じなかった。その後で、小太りの眼鏡をかけた男が現れ、システムや注意事項を説明された。極めて事務的で、内容も特に変わったことはなかった。その後でこちらの希望の曜日を伝えた。最後の最後になって「今は教師の数がいっぱいなので、誰かがやめるか、新しく生徒が入ったらお願いする」と言われた。私は紹介されて面接に来たので、当然すぐにでも仕事があるものと思い込んでいたがそうではなかった。さらに普通のバイトのように、はっきりとした合否判定が出たわけではなかったので、一気に脱力してしまった。それなら、試験は生徒が増えるなりしてからやればよかったようにも思う。まあ仕方ないことなのかもしれないが。

十字路(2)

しかし、小学校6年の二学期になると、状況が変わった。姉弟は、別の土地へ引っ越してしまった。初めは弟とガンダムのプラモデルで組み立てている時に、彼の口から聞かされた。春休みで、それが終わると、私は6年に、弟は3年に進級する季節だった。そのうち、俺んちなんか引っ越すみたい、と言い出した。その時私はガンダムの脛のパーツを接着剤でくっつけるのに細心の注意を払っていたので、その話に意識を向けることができなかった。せいぜい全体の1割くらいを向けるのが精一杯だった。彼はもしかしたら、接着剤を塗り終わった私が、一段落したと思って話を切り出したのかもしれない。が、私としては、この押さえる作業こそ、一番神経の使う箇所であった。私は意外と気が短く、接着剤が固まらないうちに、待ちきれずに次の行程に移り、全体を崩壊させてしまったり、または手についた接着剤を、ちゃんと拭き取らずにシールを触って駄目にしてしまうということが度々あった。そのため、接着剤に関しては神経質になり、固まるのを待つという行為は自分との戦いでもあった。
そんな時に話を始めるものだから、私の反応は、へえ、そうなんだ的な大変薄いものにならざるを得なかった。確かに驚きはした。だが、驚くという概念は私の中で秩序を保つ為にラッピングされ、極力刺激を抑えて頭の中を通過して行った。ちょうどミュートされたテレビのように。その後にいなくなるのは寂しいなどの二次的な感情が湧き出てきたが、同じ様に加工された情報だったので、それを正確に認識することが出来なかった。その後弟は「そしたら自分の部屋が持てるかもしれない」と声を弾ませた。その追加情報を受け、私の頭は”彼の一家はいずれ引っ越して私の前から姿を消すものの、それは直近に起こる事象ではない”と判断した。自分の中で完結してしまうと、あとは右の人差し指と親指の力の入れ具合に全勢力を注入すればいい。もちろん、彼はその後も話しかけてきたが、私の方はまるでてんで上の空で、適当に相槌を打っていた。珍しく接着剤が思う部分でちゃんと固まった後も、引越しについて改めて触れなかった。それについては、そのうちまた聞けばいい。
なんて思っていたら、半年もしないうちにあっさりと引っ越して行ってしまった。ある土曜日の朝、通学班の集合場所に親と共に現れ、鉛筆1ダースとノートをもらった。そして、今までありがとうと言われた。何がなんだかわからなかったが、そばには私の母親もいたので、それで私もその日が来たのだと悟った。親も知っているということは、私も引越しの事は聞かされていたのだろう。大体私は昔から大事なことを聞き落とす性格なのだ。結局それが最後の同じ通学班での登校となったわけだが、それで完全に離れ離れになったわけではなかった。実際一家は、国外とか県外に引っ越したわけでもなく、同じ市内の、しかも同じ学区内に新築の家を建て、そこに移ったに過ぎなかった。そもそも引越しの理由は、いずれくるn号線の拡張に彼らの住みかが引っかかっているためであった。だとしたらわざわざ知らない土地に移る理由はない。私の胸の中のぽっかりと空きかけた穴は、その情報により、幾らか規模を縮小した。
しかし、それから数日して、私はある変化に気付いた。それは、彼女と日直が同じになった時のことだった。新しい家の事を聞きながら、職員室へ日誌を届け、一日の仕事をやり終えた私たちは誰もいなくなった教室に戻り、帰り支度をした。彼女は相変わらず、青が色あせたような水色のワンピースを着て、その上に茶色のパーカーを羽織っていた。膝が露出していて、血色が悪そうだったが、寒そうな素振りはまるで見せなかった。日は既に傾いていて、教室の中は薄暗かった。それでも彼女はまだ話足りない様子で、新しい家の風呂について自慢してきたりた。今度の風呂は湯はりが自動でできるようになっていて、水を出しっぱなしにしてしまう心配がないらしい。おまけに脱衣場には鍵が付けられて、デリカシーのない父親の侵入を防ぐことができるらしい。そんな話帰り道ですればいいだろ、と思ったが、すでに彼女は引越しを済ませてしまっていて、帰り道も全くの逆方向になっていた。正直彼女とその弟が、遠く離れてしまったことにまだ実感がなかった。感覚のズレをどうにか頭で修正していると、あることが欠落していることに気付いた。それはかつて感じていた「結婚をしなくてはならない根拠のない義務感」であった。もはや彼女とは完全に他人となったのだ。私はこの突然の感情の欠落に戸惑いながらも、また、ある種の寂しさを感じながらも、それでも本音では喜んでいた。もうこれからは、こんな歯の出て洒落っ気もないような女をどうにかして好きになれないかと、頭をひねる必要はないのだ。校門で彼女と別れてから、息が切れるまで意味もなくダッシュをした。はあはあと息を切らせながらわざと声に出して笑ってみた。苦しいのに無理して笑った。秋の終わりの風がジャンバーに当たり、温まった体に心地よかった。
それでも警戒心の強い私は、再び望まない結婚への義務感が復活する事も考え、それを恐れた。家に帰った後で、今回の義務感消滅の原因を見極めようとした。そして、どうやら引越しが関係しているんだと気付いた。彼女との距離が離れたことによって、結婚する必要がなくなったのだ。おそらく今までは、深層心理だか脳の前頭前野が、一番身近な存在=結婚というパターン認識をしていたのだろう。その仮説が正しければ、彼女が再びこっちへ戻ってこない限り、結婚に頭を悩ます必要はない。私はとりあえずひと安心し、その後は本命の女の子との妄想に没頭していった。徐々に彼女の記憶は遠いものとなり、たまに以前住んでいた自動車整備工場の前を通り過ぎた時に思い出す程度になったが、何年化すると、n号線は片道2車線に拡張し、建物は跡形もなくなってしまった。
姉弟とは小学校を卒業してから、会うこともなくなった。