昨日が仕事おさめだったので、所長が
「打ち上げやるぞー」
と言うので、会議室の長机を寄せてその上にビニールを敷き、所長が張り切ってビールの6缶ケースを並べ始めた。営業の人は何のアピールなのか、自席を離れようとせず、パソコンも立ち上がったままだ。私は営業ではないので仕事は定時でとっとと切り上げ、仕方がないから紙皿などを並べた。
やがて会が始まり私は最初はビールを飲むかどうしようかなーと思っていたが、たくさんあったので飲んだ。あんまりにしょぼくれた内容だったら飲んでも仕方ないから飲まずに済まそうと思った。確か6缶ケースの中にはヱビスビールもあったが、所長がこっそりと冷蔵庫に戻していた。私は冷蔵庫に夜襲をかけたい気分であった。私と仲間のセオリーに
「最初に、ヱビス、後から発泡酒」
というのがあり、つまりいちばん最初にいちばんうまい酒を飲むべきで、あとは酔いが回って味の違いなど頓着しなくなるので、泥水だって構わない、という極めて合理的なセオリーなのである。所長はそういう合理性を全く理解しない昭和型量産人間であり、ヱビスを1缶も消費しなければそれは自分の成果だと思っており、余ったビールは神棚にでも飾るのだろう。昨日の朝所長の席のそばを通ると、突然呼び止められ、何かと思ったら
「会費を払え」
とのことだった。飲み会用語で言う「関所」というやつである。朝から財布を他人に見られることに屈辱を感じる私が、嫌な気持ちを抱いたことは言うまでもない。そのくせ本番になると所長は
「俺がいちばん金を出したんだ」
とアピールを欠かさない。ぜんぜん関係ないが、私の隣の私より一回り下の女性社員がお寿司ばかりぱくぱく食べていたので私は
「ひもじいのかな」
と思った。
というわけで私は会社に車を置いて帰ってきたので、今日の私は車のない私だった。起きたら妻はコストコに行ってしまっておらず、ナミミはいるので、昼食を買いに行かなければならなかった。だから私はナミミの自転車を借りた。自転車の籠にはビニール紐とビールの空き缶が入っており、私は特にそういうのを気にしないタイプだったからそのまま出かけようとしたら、義父に呼び止められ、少し恥ずかしそうに籠の中のゴミを片付けてくれた。それからしきりにタイヤの空気の状態を気にした。特に問題ないようだった。自分のような年長者が、ゴミを引き取るためだけに人を呼び止めるなんて、プライドが許さなかったのだろう。缶ビールを飲むのは彼以外にいなかった。
自転車に乗るのは五年とかそれくらい振りだった。下の子が小さいときは前の籠が椅子になっていたからそこに載せてその辺を散策した。上の子がついてくることがあると、どこそこが誰の家、ここの家のトイレはぼっとん、などと様々な情報を提供してくれた。やたらのトイレに詳しいのが興味深かった。
ひさしぶりに乗ると、縦に並んだ二つの車輪が細くて頼りなかった。どうして平均台のような構造物に人は颯爽と乗れるのか、奇妙だった。
「求心力だよ」
私は普段車輪が四つのものばかり乗っているので、二つになると風景が変わり、コンビニに行く途中で軽く道に迷った。しかし私は元来方向音痴なので、それでパニックを起こすことなく、冷静に元来た道を引き返したりした。寒かったが爽やかだった。私は朝のうちは機嫌が悪くて、物に当たりたい気持ちもあったが、ペダルを漕ぐうちにそういう気持ちが解きほぐれた。
コンビニにつくと、そこは普段あまり行かないところだったが、私が学生時代から見たことのある男の店員がまだ働いていて、しかし彼の目元には皺が寄っていて時代を感じた。私も学生時代や、卒業した後も就職するまでセブンイレブンで働いていたが、今でも店が残っていたら、もしかしたらたまには働いていたかもしれない。私は今はひたすら機械だのゴミだのに向かう仕事だから、たまには接客とかやってみたいとか思うのだ。私は当時から効率を優先する店員タイプで、自動販売機のような接客を目指した。その過程でレジ2ボタン同時押しなどの技を編み出した。
しかし私の働いていた店は私が辞めてからほどなくして店を畳み、それから何年もしないうちにオーナーもこの世を去った。かなりの酒好きで結局肝臓を悪くして死んだのだが、体は元来弱かったらしく、
「体が弱いからアル中にならずに済んでいる」
という噂が、生前アルバイトの間でまことしやかに流れた。悪い人ではなかった。